特定技能という新たな在留資格を創設する入管法改正案、今月16日にその法案の審議入りが強引だとして野党から解任決議案を提出された(与党により否決)葉梨康弘委員長の職権を使い、2018年11月27日にも衆議院本会議を通過させるように動くようです。
(葉梨康弘議員は、最近だと森友学園問題にて、籠池泰典氏の証人喚問を行った際の、衆議院の自民党の喚問者でした。ネットでは表現規制関連で有名だと思います)
この法案について、私が注目しているのは、きちんと技能実習についての負の点を見て、その点を修正する新たな法案を作る、ということができているのか?という点に尽きます。
しかし、今回は全くそれができていなさそうだ、と言わざるを得ない出来事が多発しています。
シンプルに技能実習と今回の入管法改正案の関係性について全く整理できていません。
与党の説明者として出てくる人たちは、「技能実習には問題があるから、きちんと労働者として権利保護に向かうための法案だ」という趣旨のことを述べています。
今の技能実習制度は問題があるので、早く人材を完全に雇用として迎えて、労働者の権利をしっかりと保護しなければいけない。新しい制度で外国人労働者の権利をしっかり守ることが目的なので理解してもらいたい
“外国人材拡大法案”めぐり与野党が議論 NHK日曜討論
平沢氏は、現行の外国人技能実習制度について「低賃金があったのは、制度に問題があった。だからこそ直そうとしている」と述べ
低賃金は外国人技能実習制度に問題…平沢勝栄氏
そして、最近、問題となっている技能実習生への調査での結果の集計が歪んでいた事例も、この特定技能への質問に関連する政府答弁で提示されたことから注目され、発覚したことです。
(最近、政府調査が問題になるのは、この政府答弁で根拠として使われて、野党に精査されて発覚、というパターンが多いです。)
山下貴司法相は外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法などの改正案に関連し、失踪した外国人技能実習生の87%が「現状の賃金などへの不満」を理由に挙げたことを明らかにした。法務省による調査結果の一部を公表した。
外国人実習生を法務省調査 失踪者87%「賃金不満」
調査は、失踪者のうち不法残留などの入管難民法違反で検挙された技能実習生を対象に、入国管理局が聴取した。山下氏は調査結果全体の公表については「失踪者の傾向が明らかとなり、失踪を誘発する悪影響も生じかねない」と慎重な姿勢を示した。
与党からはそういう説明が出てくる一方で、実態を見てみると、どうもそうではない傾向が見て取れます。
例えば、技能実習から特定技能1号に移行した場合の扱いについて、以下のような検討がなされているとのことです。
法務省は、3年間の技能実習を終えれば、特定技能1号の試験は免除すると省令で定める方針。実習生から特定技能1号に移行した人について、和田局長は「『特定技能2号』に在留資格を変更する際、いったん帰国することを含めて技能移転を図っていただくことを検討している」と述べた。
特定技能2号、移行前に帰国=実習生「技術移転」確保-法務省
このように、シームレスに特定技能1号への移行が出来るような形になり、更に特定技能1号に移行した後も、当初の「技能実習」で入ってきたということは維持され、技能移転を図ることはやめない、ということが法務省の答弁から出てきたわけです。
これは、特定技能1号は技能実習制度の類似制度である、という証明がなされたと同然なのではないでしょうか。
ちなみに、技能実習制度は、2016年の改正にて第3号技能実習という、優良な受け入れ先や監理機関は4〜5年まで実習を延長できるようになる制度を導入したのですが、そこからたった数年で似たような別な制度が出来上がることとなります。
第3号での延長は実習生の実技試験合格が必要だということになっているのですが、特定技能への移管の場合試験が不要でOKということからも、特定技能の使いやすさというか、単に技能実習制度が「使用者」に寄り添った制度になるだけ、という予感がします。
(その点でいうと、以下の私の記事で引用した「今回は、依然所得の低いアジアの人々に日本で稼いでもらい、技能水準もより上げてもらって帰国いただこうというものです。」と、実質技能実習と同じ趣旨を特定技能が持つようなことを述べていた和田政宗議員は、正確な発言をしていることになるのでしょう。)
しかも、一旦帰国が必要とはいえ、試験不要でシームレスに移行ができるという保証ができてしまうと、現在でさえ労働者確保のための制度として機能している技能実習に、特定技能での労働者を確保するための技能実習という歪んだ目的が更に加わってしまうのではないでしょうか?
私は、この技能実習から特定技能への試験なしの転向という制度は、どうも、不正に人員を入手して、そういう人員を事後的に合法化することを政府が認める、という流れのように思えます。
技能実習の問題を、特定技能という在留資格に移行して「労働者」と扱うことで誤魔化していく、という姿勢なのではないか?という疑問が私の中にはあります。
そのために、「技能実習と特定技能は別(この後でもう一度細かくこの点に触れます)」ということにしたがっているのではないか?と。
そういう観点からしても、技能実習制度の問題を解消することが、特定技能制度についての悪印象をなくすためにも必要不可欠なことになるように思います。
ちなみに、技能実習から特定技能への在留資格移行を利用すると思われる人数について政府は「5年で累計12万~15万人」と推計しているようです。ただし、政府の見通しの数字はどうも根拠が曖昧なようですが。
法務省は21日の衆院法務委員会で、政府が5年間で受け入れを見込む最大約34万5千人のうち、約45%は、技能実習生からの移行を想定していると明らかにした。立憲民主党の山尾志桜里(しおり)氏への答弁。
同省の和田雅樹入国管理局長は創設する「特定技能」資格を与えるケースを、技能や日本語の試験の合格者と、試験を免除する技能実習2号(累計3年)修了者の「2ルート」と説明。このうち技能実習修了者を「累計12万~15万人で全体の約45%」と見込んでいるとした。
外国人労働者受け入れの45%は技能実習生から移行 入管法改正案審議入り
読売新聞の社説いわく、現在の受け入れ人数は約25万8000人とあるので、相当な規模が移行することになるのでしょう。
このつながりについて、毎日新聞では業種別の内訳についても触れています。
政府は新制度を「技能実習制度とは全く別の物だ。ただ『1号』で受け入れる中に、技能実習修了者が入ることがある」(和田雅樹・法務省入国管理局長)とする。だが、政府は、検討対象14業種の初年度の受け入れ見込み計3万2800~4万7550人のうち、約55~59%を実習生からの移行者と想定。5年間の累積でも約45%を占める。
入管法案、100%移行の業種も
業種別では、技能実習に対象職種のない外食業や導入期間の短い介護業などはゼロで、海外で実施する試験で募る方針。一方、素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業はほぼ100%を見込み、他にも建設業など9割を超える業種が多い。
この報道で重要なのは、業種別の内訳だけではありません。
政府が「技能実習制度と特定技能は別物」としていることも重要な点です。
シームレスに移行できるかのような仕組みを用意しながらも、技能実習生は労働法制の下で守られるが労働者とは違う、ということを維持していくのが現行の政府の方針です。
一方で、そんなの知ったこっちゃないというがごとくの提言を日経新聞が社説で行っています。
1号は当初、介護、建設、農業など14業種を対象とし、これらは大半が技能実習の業種と重なる。法改正後に1号と技能実習の在留資格を統合する方向で検討してはどうか。
技能実習、抜本見直しが急務だ
一つの在留資格のもとでやったらどうか、という提言は実質、制度の一本化の提案です。
このような提案が日経新聞でなされてしまうほど、経済の仕組みの中で「技能実習」という仕組みが「労働制度」になってしまっているのでしょう。
本当に技能実習が特定技能と違うというのならば、法的な建前を述べるだけではなく、実際に技能移転が機能しているサンプルを提示して、技能実習の理想形を作る必要があります。
政府の皆さんにはそういうものが見えているのかもしれないですが、改めてどういう流れで技能移転が機能しているのか調査して公表してほしいと思います。
ここまで「技能実習」と「特定技能」の関連性について書いてきました。
特定技能と技能実習は非常に近い距離に存在する制度で、だからこそ、技能実習の問題を特定技能でごまかすような方向性にならないように、きちんと技能実習の問題点を認めることと、この制度の設計をしていくことを同時に整理しつつ行わないといけないのではないかと私は思うのです。
しかし、政府与党は技能実習を都合よく維持したいがためか、そのようなことはする気がないようです。
このような粗雑な議論によって生み出される改正案がどのように機能していくのか、恐ろしいですが、とにかく関わる人が一人でも不幸にならないようになっていただきたいです。
おまけ
入管法改正案について、与党の筆頭理事である平沢勝栄氏はこのように述べて採決することを正当化しています。
衆議院法務委員会の与党側の筆頭理事を務める平沢勝栄氏は記者団に「野党側との合意なく採決を行うのは残念だが、これまでかなり充実した審議が行われた。この問題は議論し始めたらきりがなく、いくらでも問題点は出てくるが、人手不足で困っている現場があるのも事実だ。『早く法案を通してほしい』という声に応えるとともに、法案のデメリットをできるだけゼロに近づけるよう努力していきたい」と述べました。
外国人材法案あす採決 委員長が職権で決定 衆院法務委
この「いくらでも問題が出てくるけど、必要な人がいるからやる」という強引な姿勢には、そもそも安倍政権のテーゼが関わっています。
それは、以下の産経新聞の記事の組み立て方からも読み取れるでしょう。
安倍晋三政権は、外国人労働者の受け入れ拡大に向け新たな在留資格を創設する出入国管理法改正案を2日に閣議決定し、今国会での成立を目指す。安倍首相は外国人の受け入れについて「移民ではない」と強調するが、受け入れ拡大へ大きくかじを切ったのは、人口減少に伴う国内の労働者不足が日本経済の成長を阻害するとの危機感がある。
安倍政権、人手不足背景に受け入れへ 外国人労働者 保守派に根強い懸念
「(人手不足が)成長を阻害する大きな要因になりはじめている」
首相は2日、衆院予算委員会で外国人受け入れの必要性を訴えた。人手不足による倒産件数が今年は過去最多ペースとの民間調査会社の統計もあり、アベノミクスの障害になっている。一部の労働現場はすでに技能実習生や留学生のアルバイトに頼っており、的確な在留管理のためにも制度の整備は急務だった。
要するに「景気回復この道しかない」です。
「この道しかない」ので、いくら批判されようが「この道」しかはなから行く気がないのです。
いくら審議をしても、いくら問題をあぶり出しても、結局「この道しかない」と断言されてしまうわけです。
安倍政権の根源的な問題には「この道しかない」という姿勢が支持を生んでいることがあるように思います。
この問題は、厳密に言うと安倍政権の問題ではありません。
「この道しかない」政権を生み出し支持する社会が問題である、と言う方が正確かもしれません。
「この道」に乗れない人間をどうするのか、これが考えられる社会に向かうことが、労働者、外国人などの人権問題などをきちんと扱える社会になるためにも重要なのではないかと思います。
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