7月11日に、フォローしてる方が上のツイートをリツイートするなどして触れていたことで知ったのですが、内閣府が全職員を対象に「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」というものを実施していました。
ホームページに書いていた経緯は以下の通りでした。
今年の春闘で昨年以上の賃上げ率が示される中、今後、物価高を超える賃上げを実現し、「賃金が上がることが当たり前」という前向きな意識を全国に広げ、社会全体に定着させていくことが重要です。
こうした問題意識の下、本コンテストでは、内閣府の職員のみならず、他省庁・地方自治体・民間企業からの出向者等の参加を得て、賃上げを幅広く実現するための政策アイデアを募りました。
「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」を開催しました
『「賃金が上がることが当たり前」という前向きな意識を全国に広げ、社会全体に定着させていく』ことの一環としてアイデアコンテストをやったという話をしていますね。
そのアイデアコンテストで大賞になったものが、『「賃金が上がることが当たり前」という前向きな意識』ではないものを広げるのではないか?と問題になったのです。
大賞などの情報は、2024年7月18日に一定の周知期間を経て、個人情報もあるので、という理由で公開が終わりましたが、行政のホームページは大概魚拓があるので、魚拓を経由して見ることができます。
問題になったのは、以下のPDFにある「残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする。」というアイデアです。
これは私の偏見かもしれませんが、個人事業主と聞いたときに労働規制などに少しでも関心があると『偽装請負』や『名ばかり個人事業主』というような、労働者を個人事業主と偽る問題が頭の片隅に出てくるのではないでしょうか。
実態は会社に働く場所や時間を決められた「労働者」なのに、契約上は個人事業主と扱われる「名ばかり事業主」をめぐる矛盾が表面化している。会社側から労働法規上の労働者として扱われないため、社会保険加入や残業代支払いなどは対象外とされ、新型コロナウイルス禍では、会社指示で休んでも休業手当が支払われなかったり、国の事業主向け支援制度を迅速に受けられなかったりする弊害も。専門家は「実態に合った労働契約を結ぶべきだ」としている。
残業代や休業補償対象外…法のはざま「名ばかり事業主」(1/2ページ) – 産経ニュース
働く場所も勤務時間も仕事の段取りも会社に決められている「労働者」なのに、契約上は「個人事業主」――。そんな矛盾した仕組みの下で、働かされている人たちがいる。個人事業主には原則、労働基準法が適用されないことから、残業代未払い、休憩なしの長時間労働、最低賃金以下といった「働かせ放題」が一部でまかり通っているのだという。行政に相談しても「あなたは労働者ではない」と門前払いされるケースもある。「名ばかり事業主」の現場を追った。(藤田和恵/Yahoo!ニュース 特集編集部)
実態は「労働者」なのに…… 「名ばかり事業主」の苦しみとは – Yahoo!ニュース
いわゆる名ばかり事業主問題を始めとするフリーランスの就業状況の改善に関する質問主意書 現在、政府はフリーランス(個人事業主)の拡大を推進している。二〇二〇年七月十七日に閣議決定した「成長戦略実行計画」の中でも、フリーランスは、多様な働き方の拡大、ギグエコノミーの拡大などによる高齢者雇用の拡大、健康寿命の延伸、社会保障の支え手・働き手の増加などの観点からも、その適正な拡大が不可欠であると述べられている。 しかしながら、このフリーランスとしての就業については、プラスの側面ばかりではない。個人事業主には原則、労働基準法が適用されないことから、残業代未払い、休憩なしの長時間労働、最低賃金以下といった「働かせ放題」が一部でまかり通っている実態がある。労働者ならば適用を受ける保護ルールに守られない、いわば無防備な状態に放置されている。 委託の諾否に関する選択肢や受託業務の処理に対する自由な裁量、それに加えて委託者(委託企業)に対する価格交渉力を有しているフリーランスであれば問題は深刻化しないかもしれないが、そのようなタイプのフリーランスは多くはない。
質問主意書:参議院
──従業員を個人事業主に転換する場合、どのような問題があるのでしょうか。
雇用保険などの社会保障費の支払いといった、労働法の規制から免かれるためだけに、企業が従業員を個人事業主に転換する新たな手法を編み出すとすれば、社会的に問題となるケースもあります。
代表的なものとしては「偽装請負(偽装雇用)」が挙げられます。請負契約において、注文会社は仕事の完成を求めることができますが、請負会社の労働者に対して直接業務上の指示をすることはできません。
しかし、請負だと偽装して、注文会社が請負会社の労働者に、業務上の指示をしている場合があります。これが偽装請負です。請負が、実質的に労働者派遣に当たると判断されたときは、注文会社などは、労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)などに基づき、罰則や行政処分が適用される可能性があります。
このように、本来は労働者として扱うべきならば、個人事業主として扱うことはできないので、実態がどうなっているのか?が問題となります。
タニタや電通でも進む「従業員の個人事業主化」弁護士が語る導入の注意点 | BizHint(ビズヒント)- クラウド活用と生産性向上の専門サイト
このような基礎的な労働規制の知識すらなく、労働規制に関するアイデアを募集し審査し、大賞を決めることを1省庁・1大臣がやっていることは、政権としての姿勢の問題にも繋がりかねない問題になるように思います。
内閣府が全職員を対象に開いた賃上げに関する政策コンペで「残業の業務を従業員が個人事業主としてこなし、手取り増を図る」という施策が優勝した。労働者性をめぐるこれまでの議論を完全に無視しており、実現可能性に疑問符が付く。厚生労働省にはぜひ「指揮命令が必要な業務だから労働者を雇う」という基本のキを、内閣府に教授してもらいたい
【今週の視点】驚愕のアイデアが優勝飾る 残業分を業務委託?|労働新聞 今週の視点|労働新聞社
この労働新聞社の記事で「実現可能性」という言葉が出ているのですが、内閣府は今回のコンテストの評価基準として「アイデアの新規性や詳細度、実現可能性からの評価」と書いていたのです。
アイデアの新規性としては、偽装請負やらなにやらという話を知っていれば、新規性は薄いと思えたでしょうし、実現可能性も低いと評価できたはずです。
この辺の評価をまともにできずに、大臣の名前を使って表彰してしまったのは、大きな問題があるとしか言えないでしょう。案の定、労働弁護団等々からこのアイデアを問題視する動きが出てきました。
この 「優勝したアイデア」 は、労働者の生命・健康等を保護するための労働基準法の労働時間規制、そして相互補助に基づく社会保険料の負担を免れることを目的とするもので大きな問題があります。
内閣府に対し、このアイデアが労働法上の誤りを含むものであることの説明、なぜこのような脱法的スキームを提案するアイデアが表彰されるに至った経過と原因の説明を求める談話を発表します。
内閣府が労働関係諸法規の脱法を容認するアイデアを表彰したことに強く抗議する談話 | 日本労働弁護団 –
この資料では具体的な業種を想定しておらず、業務内容によっては、成功報酬型の業務委託契約の方が柔軟な働き方ができるなど、労働者にとってメリットがある可能性があるとしつつも、「十把一絡げに『個人事業主とする方がお互いWIN-WINじゃないか』とする考え方は取りづらいです」と話す。
特に、契約は業務委託契約にも関わらず、実態は進捗管理をされたり細かい指揮命令系統が反映されたりといった、「契約と実態の乖離が一番こわい」と懸念する。偽装委託になるかどうかは、日頃のコミュニケーションなど契約形態のみでは読み取れないとしつつも、「労働者(社員)として働いている実態があったにも関わらず、個人事業主の体裁で、個人の保険の下で申請をしていた」ような実態があった場合、例えば労災事故が発生した時には、「労災として処理すべきだという考え方にもなる可能性はあります」という。
また、業務委託契約では事業主責任が発生せず、個人の責任で仕事をすることになるため、いわゆる「働かせ放題」になる可能性は「大いにあります」と指摘する。
そのうえで、この働き方の手法について「内閣府が推奨しているから良い」と捉える人がいるかもしれないといい、内閣府は「きちんとリスクマネジメントも周知した方がいいと思う」とした。
内閣府の賃上げアイデアコンテストで「優勝」、「残業時間から個人事業主に」案は脱法? 社労士が懸念点指摘: J-CAST ニュース【全文表示】
そもそも労働契約に基づき、労働者が使用者の指揮命令下で労働した結果、勤務時間内に業務が完了せず、時間外労働が発生しているものについて、時間で「労働契約に基づく労働者としての労働」と「業務委託契約に基づく個人事業主としての業務」とに切り分けることは、労働基準法に定める割増賃金の支払い義務を免れるための行為とみられ、法の趣旨に反するものと考えられる。
全国社労士連合会 内閣府「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」における「残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする。」と題するアイデアに関する声明
上記朝日新聞の記事によると、内閣府や新藤大臣は「独創性をもって応募してきたかが評価の観点」だから、「政策をつくるうえで、どんな工夫をするかのコンテスト」だから、政策に実際に反映させるわけではないから問題ではないという姿勢のようです。
しかし、政策を作る上でこんな脱法的な工夫をしてはいけないというラインがあるというのは、立法機関として信頼されるための基本なのではないでしょうか?
独創性も、残業だけ個人事業主にするというアイデアは、あまりにも怪しいアイデアなので出てこなかっただけで、独創的ではないように思います。
このような観点で賃上げの発想を柔軟にやられてしまうと、賃上げのために何を犠牲にするのか、ということをきちんと注視しないと、労働者にとって本末転倒な賃上げが行われる可能性もあるのだろうと思います。
個人的には新藤大臣等がいかに労働規制を軽視し、個人事業主と労働者の関係についていかに疎いかを露わにしただけのコンテストになってしまったのではないかと思いますし、これが『「賃金が上がることが当たり前」という前向きな意識を全国に広げ、社会全体に定着させていく』一過程としてどうなのか?という評価はきちんとしてほしいと思うのですが、果たして現政権にそれができるのか…。
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