維新の梅村みずほ参議院議員が、ウィシュマ氏の事案にてろくでもない発言を繰り返していました。
梅村議員はその後、こんなことを言い出すのだ。
「医師の診療情報提供書や面会記録を含めた資料とともにウィシュマさんの映像を総合的に見ていきますと、良かれと思った支援者の一言が、皮肉にもウィシュマさんに『病気になれば仮釈放してもらえる』という淡い期待を抱かせ、医師から詐病の可能性を指摘される状況へ繋がった恐れも否定できません」
「自分がなんとかしなければという正義感や善意からとはいえ、なかには一度も面識のない被収容外国人に次から次へとアクセスする支援者もいらっしゃいます。難民認定要件を満たしているのに不当に長期収容されているのではないか、弱い人を救いたいという支援者の必死の手助けや助言は、場合によってはかえって被収容者にとって、見なければよかった夢、すがってはいけない藁になる可能性もあると考えますが、法務大臣はどのようにお考えでしょうか?」
なんと、梅村議員は、ウィシュマさんの支援者が「病気になれば仮釈放してもらえる」と伝え、そのことが医師から詐病だと疑われる事態を招いたのではないかと口にした上、支援者の支援が「見なければよかった夢、すがってはいけない藁になる可能性もある」と述べたのだ。
維新の代表質問で梅村みずほがウィシュマさんの病気を“支援者の誘導”と詐病扱いし非難殺到! 背景に維新のフェイク&差別体質|LITERA/リテラ
国を相手取り提訴している遺族の弁護団が16日に梅村氏に質問状を送り、発言の根拠をただした。「支援者の一言が原因でウィシュマさんに病気になれば仮釈放してもらえると淡い期待を抱かせたのか」との質問に、梅村氏は16日の参院法務委で回答し、「事実はありません。しかし、可能性は否定できません」と発言。「ハンガーストライキによる体調不良で亡くなったのかもしれない」などと答えていた
「事実無根」遺族ら抗議 ウィシュマさん巡る維新・梅村みずほ氏発言:朝日新聞デジタル
日本維新の会 梅村みずほ参院議員「ハンガーストライキによる体調不良によって、亡くなったのかもしれないし」
議員「違いますよ、違いますよ」
梅村議員「いま私の質疑時間です。これは私が思っているところですね。どんなことかわからないけれども、ハンガーストライキとウィシュマさんの状況は違う。でも近しいかもしれない、そういったところも」
議員「違いますよ、まったくおかしい」
梅村議員「それはわからないですね。ウィシュマさんがもう亡くなってしまっていますので。ご本人に聞かなければわからないことなんです」
ウィシュマさんの死因は、入管の報告書で「病死」とされていて、入管側は、ハンガーストライキに関しても「いわゆるハンストとは把握していない」として、否定しています。
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しかし、梅村議員は18日の参議院法務委員会でも、「ウィシュマさんが詐病ではなかったと断定できる事実はあるのか」、「支援者の多くが善意の方だが、なかには間違っていることがあるのではないか」などと述べ、ほかの委員からは「亡くなっているんだぞ」などと非難の声が相次ぎました。
入管施設で死亡の女性への維新議員発言 法務委でも非難相次ぐ | NHK
梅村氏はこの日の委員会で、ウィシュマさんの死亡に関する出入国在留管理庁の調査報告書で「(助言の在り方など)支援者の対応も調べるべきだったのでは」と質問。斎藤健法相が、調査報告書は名古屋出入国在留管理局の対応を調べたものだと答えると、梅村氏は「1人亡くなっているんですよ。これから支援団体をつぶさにチェックする必要がある」と声を張り上げた。この発言に他の議員から「民間団体への介入だ」など反発の声が上がった。
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このように、12日本会議、16日法務委員会、18日法務委員会と3回発言が行われました。
ちなみに本会議の時点で騒ぎになっており、本人も党の人たちもわかっていた上で委員会の質問に立っていました。
一方、維新の音喜多駿政調会長は17日、記者団に「より良い表現方法があったかもしれないが、我が党として問題提起した。ご遺族の受け止めもあるので、説明する義務があり、丁寧に対応していきたい」と語った。
維新議員、ウィシュマさん死因で波紋発言「支援者が期待抱かせた」 | 毎日新聞
しかし、18日の質問後、維新は梅村みずほ氏を法務委員会から外すことを『更迭』として発表。
理由は発言が不適切であったことと党の指示に従わなかったことだそうです。
音喜多政調会長によると梅村氏に対し、委員会質疑では発言に慎重を期し、事実に基づき確認にとどめ、主張は行わないよう指示したというが、守られなかったという。17日には、ウィシュマさんについての質問を禁止すると、本人や事務所に指示をしたが「(18日の)委員会でも自己弁護に終始した。党の指示した内容ではない。組織として最初の質問を容認したことも含め、責任を痛感している」と述べた。
また藤田幹事長は会見で、梅村氏を国会議員団の党紀委員会にはかる考えを示した。「党のアドバイスを全く聞かないことに問題がある。事実の確認を逸脱し、自分の思い込みや想像の範囲で、かなり感情的な質疑。極めて不適切だ。党の主張ともかなり相違がある」と話した。
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我が党として問題提起した
藤田幹事長が「党の主張ともかなり相違がある」と述べていたようですが、音喜多駿政調会長が、17日「支援者との関わりについて問題提起したのは2021年の産経新聞の報道にもあり問題提起として間違っているとは思っていない。より良い表現方法はあったかもしれないが問題提起は我が党として行った」と述べているわけで、正直維新の方針と大きな相違があるとは思えないというか、ある維新の議員の質問のロジックを見ると、維新の方針を突き詰めると梅村みずほ議員のような発言になる、ということなのではないでしょうか?
だから、内容ではなく『表現方法』だとか『政治家としてまだまだ未熟。居酒屋で仲間同士で話しているのとは違う』等々、なんか言い方次第ではオッケーだったかのような指摘になっているのではないでしょうか。
前述した『ある維新の議員の質問のロジック』というのは、衆院法務委員会での漆間議員のロジックです。
漆間議員の質問には前フリというか、参照している質問があって、それが立憲民主党の中川正春議員の4月18日の法務委員会での質問。
中川正春氏は、ウィシュマさんの事案での入管の中間報告書でも疑ってしまっていたように、(実際に詐病を使ってても仮放免されたがることがあり得ることを踏まえた上で)入管側が収容者の詐病を疑ってしまうことを問題視して、それが起こるのは収容という構造的に収容者と入管職員がまともに向き合えなくなってしまっているからではないか?と指摘し、収容は例外なんだという形にしないと同じことを繰り返すのではないか?と述べていました。
一方、4月25日の漆間氏の法務委員会での質問では、この中川正春氏の質問について触れた上で『そもそも収容者に詐病をさせない対策が必要なのではないか』『詐病や制度の濫用で同じ問題がまた起こるのではないか』『(病気による仮放免)制度の濫用であったりひどいシミュレーションを行うような人にはある程度のペナルティをやっていくことも検討していくべきなのかなと思います』と詐病等の罰則化をしないと今回のような問題が起こる、とウィシュマ氏のような事案が起こる原因について主原因を収容者側が詐病やルールの濫用を行っていたから発生した問題としてとらえているような質問をしていました。
この収容者側が詐病やルールの濫用を行っていたから発生したのだからそれをやめれば無くなる問題だろう、とウィシュマ氏の事案をとらえている質問の延長線上に、支援者を疑う梅村みずほ氏の質問があるのではないでしょうか?
支援者や収容者が余計な事をせずに諦めて静かにしていれば解決する問題だという発想で。
それをウィシュマさんとかの特定個人に向けるかどうかの差しかないんじゃないですか?その差を維新の方々は「言い方」とか「未熟」とか言っているように私には見えます。
ところで、5月18日の法務委員会にて、梅村みずほ氏に続いて質問した鈴木宗男氏は『医師が「病気になることで仮釈放をしてもらいたいという動機から、差病、身体化、障害、いわゆるヒステリー、括弧になっていますね、を生じたということも考え得る」と書いてるじゃないか』という梅村みずほ氏の正当化を図る質問での主張を行っているのですが、そこに関してはそもそも医師は職員の説明で状況を把握していて、その職員の説明が偏見含みであると支援団体が主張していることを前提にしないといけません。
2021年8月に入管庁が公表したウィシュマさん 死亡事件の事実関係をまとめた最終報告書(p.54~)には、名古屋入管の職員がウィ シュマさんの「体調不良の訴えについて、仮放免許可申請に向けたアピールとして実際よ りも誇張して主張しているのではないか」と認識しており、その認識の原因の一つとして 、面会のなかで支援者の、ウィシュマさんの体調不良の訴えに対する「お腹の不調につい ては、病院に行って検査しないと原因がわからないので、早く病院に行ってもらえるよう に担当にアピールした方がいい。」「入管は体調不良者について何もしない。病院に行っ て体調不良を訴えないと仮放免されない。仮放免されたいのであれば、病院が嫌いでも病 院に行った方がいい。」という発言に、ウィシュマさんが「病気になれば仮放免される」 という認識を抱いたのではないかと、職員が考えていたことが書かれています。つまり、 職員が勝手に事実を捻じ曲げて受け止め、このような認識をいだいたのです。
病院に行くためのアピールをすることを伝えたとき、ウィシュマさんはすでに体調不良で 、病気でした。入管庁も支援者が「体調不良の訴えについて、仮放免許可申請に向けたア ピールとして実際よりも誇張して主張しているのではないか」と発言したのではなく、これは入管職員の認識にすぎないことを明記しています。貴殿の発言は、「医師の診療情 報提供書や面会記録等をふくめた資料とともにウィシュマさんの映像を総合的に見ていき ますと…」と、あたかも客観的な証拠に基づいて発言しているようにみせかけていますが 、全くの事実無根です。これは、最終報告書を読めばわかることです。
STARTが梅村みずほ議員に抗議文「ウィシュマさんへの冒涜」
「病院に行くためのアピールをすることを伝えたとき、ウィシュマさんはすでに体調不良で 、病気でした。」という支援団体の主張について検討や反論すらせずに無視して議論をし続けているのが今回の梅村みずほ氏と鈴木宗男氏なのですが、鈴木宗男氏にはなにもないのでしょうか?
梅村みずほ議員の支援団体懐疑
5月18日の法務委員会にて梅村みずほ氏が支援者を懐疑する理由として、自身がエホバの証人の2世であることに触れながら説明していました。
私は、先ほども申しましたが、エホバの証人の2世なんです。
優しき者が必ずしも、幸せの道に、人を導くわけではないということを知っているんです。
小学校5年生の時に、私の母は幸せになりたかった、幸せな家庭を作りたかった、悩んでた。そこに、優しい信者が来たんですよ。
彼女は悪意がなかったでしょう。けれども、結果的に、我が家は崩壊したんです。
優しき者が正しき者とは限りません。
そんなこと、私の宗教の事例でなくても、この世にはゴロゴロしているでしょう。
だから、優しい者=正しい者かって、疑う目線を持つのは当たり前です。
梅村さんの宗教2世としての体験は大変なものだったようで、様々なインタビューで語られていました。
しかし、『優しい者=正しい者かって、疑う目線を持つ』からといって、その疑い方がひどければ批判されるのは当然でしょう。
ちなみに、個人的に今回の疑い方を見て、梅村みずほ氏が共同親権を主張しているのを思い出してしまいました。
共同親権周りも『優しい者=正しい者かって、疑う目線を持つ』的な話で、子ども連れ去りとかの話をしている気がして(ただ、悪意がないとは言わず、むしろ強い悪意を相手方に見出して暴走する人も多い気がしますが)。
2023/05/24追記
2023/05/23に、音喜多駿氏が参院法務委員会にて参考人質疑に立ちました。ウィシュマさんへの発言について遺族の方や、混乱を招いた委員会に謝罪はしたものの、支援団体を疑うのは党の方針であることが明言されていたりしていてちょっと…となりました。
(『人権は最重要だけど、秩序とか治安とか、国益かも大事じゃん?』という趣旨の参考人への質問もしているのですが、そういう感じで人権を制限することについて聞き始めると、過剰な秩序維持対策を主張し始めることを疑ってしまうのは私の偏見でしょうか?)
音喜多「一方で、改正案の議論をしていく中で、現行の入管行政におけるいくつかの懸念点もございます。その一つが、施設内での医療体制、もう一つが、入管非就業者と、その支援するグループとの適切な関わり方です。」
音喜多「我が党が課題意識を持っている、被収容者と支援団体との関わり方について、難民審査参与員の経験がおありの阿部参考人と川村参考人にお伺いをいたします。
被収容者と支援団体をめぐる諸課題については、政府の資料にも、逃亡事例などの記載があるほか、令和3年8月10日の産経新聞においても、残念ながら複数の逃亡事案に関与された団体があること。
また、令和3年6月27日の東京新聞朝刊には、支援団体の方による暴れたり、ハンガーストライキを行ったりした人は、仮放免されやすいとのコメント、認識を示す内容が記事に掲載されておりました。
こうした、ややもすると社会と被収容者との摩擦を引き起こしかねない支援の団体や内容が、入管行政の現場に存在することを、難民審査参与員を務める中で耳にされたことがあるでしょうか。」
阿部「被収容者と支援者との関係に関して、参与員の時に、特段、今お伝えいただいたような問題は認識しておりませんでした。その上で、支援団体と被収容者との関係がどうあるべきかということですが、基本的にはきちんとした制度をまず整えるということですね。被収容者をめぐる制度をきちんと整え、医療制度も含めてですね。それがきちんと整っているということが大前提でありまして、それを支援者がサポートしていくという形が、これが本来の姿ではないかと思います」
川村「難民審査参与員の立場で、またその任務の中で、支援者と被収容者の関係性の問題が明らかになったというケースは、私の経験上はございません。したがって知識が実体験としては乏しいところでございますので、お答えが少し難しいところでございます。」
音喜多「(阿部参考人の冒頭意見の)最後に人権を意識した制度運用をしなければならないという旨の発言があられたかと思うのですが、もちろん人権というのは最重要である反面、受け入れる社会としては、秩序の維持であるとか治安であるとか、国益というと少し語弊があるかもしれませんが、持続可能な受入れ体制を整えていかなければいけないという極めて難しいバランスの中に、法律や制度運用があると思うのです。
あまりにも理想を追求しすぎると、ややもすると社会の秩序が維持できないと、このバランスを阿部参考人はどのように捉えて、ご自身の判断をされているのかというところを、もう少し詳しくお伺いできればと思うのですが」
阿部「ご質問ありがとうございます。先ほど私は20世紀の国際法と21世紀の国際法という言葉をお伝えしました。
20世紀国際法的な感覚ですと、国家の主権をまず前提に出して、この主権を前提にどれだけ人権を実現していくかというふうな、言ってみれば主権ありきということなんですね。
21世紀ももちろん主権がなくなったわけではありませんけれども、しかしその関係性が変容しておりまして、人間の権利まずありきということになっていくわけですね。
しかし人間の権利があらゆる場面で全て実現するかというと、それは難しいわけでありまして、それを制約する自由というのが人権諸条約にはきちんと明記されているんですね。
しかし拷問を受けるというような場合には、これはいかなる理由があっても拷問は禁止されていますけれども、多くの人権に関しては制約する自由というのが明記されており、その制約する自由をきちんと精査していくことによってバランスが取れるというふうに国際人権法は制度設計ができているんです。そのもとで入管もやっていくべきだという、そういうのが私の意見です。」
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