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少子化対策って、こんな考えで組み立ててるんですか?

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自民党の加藤寛治衆議院議員の発言が批判され、撤回に追い込まれました。

加藤寛治衆議院議員は、10日に開かれた派閥の会合で、人口減少問題に関連して、「結婚すれば、必然的に、必ずと言っていいほど子どもが誕生する。日本の国の礎は子どもだと考えており、新郎新婦には、必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい」と述べました。

また加藤氏は、「若いお嬢さんを捕まえて、『まもなく結婚するんですね』と聞くと、たいがい『はい』と返事が返ってくるが、たまに『私はしません』という人がいる。『結婚しなければ、子どもが生まれないわけだから、ひとさまの子どもの税金で老人ホームに行くことになりますよ』と言うと、はっと気づいたような顔をする」と述べました。

自民 加藤議員「必ず3人以上の子ども産んで」発言を謝罪

このような発言に対して、なぜか一部の人は、少子化対策をやってることを理由に、この発言はおかしくないと言いたいのであろう事を、言い出しています。

セクハラ以前に、少子化対策として話すならば、そもそも、少子化対策って、こういうふうに「必ず産んでね」と言ったところで意味がないことが出発点にあるんじゃないんですか?

もしかして、そもそもそういう意識がないから、無責任に少子化対策を語る都議に「お前が結婚すればいいじゃないか」と野次ってしまう都議が選出されるんですか?

まず、個人の生活設計を大事にする。
その上で、それでも子どもを産み、育ててもらうにはどうするか?これが少子化対策として考えていることではないんですか?

そこで「子どもを生んでください」どころか「子どもを産まなかったら人様の子どもに養われるんだぞ」と言うような内容の発言をして脅しをかけるのは、少子化対策として大失敗としか言いようがないでしょう。

あくまで少子化対策として掲げている数字は国の目標であって、個人の目標はそれとは別にあり、それを是とした上で行われるのが少子化対策であるということを政治家の方には踏まえていただきたいです。

そうではない少子化対策ならば、それこそ「やめてしまえ」としか言いようがないでしょう。

また、「『結婚しなければ、子どもが生まれないわけだから、ひとさまの子どもの税金で老人ホームに行くことになりますよ』と言うと、はっと気づいたような顔をする」という発言、これは国民年金などを考えてみればおかしい話だとわかるのではないでしょうか?

国民年金は当初は積立方式でしたが、現在は賦課方式にどんどん切り替わっています。これは、要するに「他人の子どもの税金」が年金として支給される形になっているわけですが、そこらへんを年金法では「国民の共同連帯」と述べています。
(国民年金法 第一条 国民年金制度は、日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。)

これはなにもおかしくない話であって、そもそも年金などの社会福祉·社会保障というのが、本来、相互扶助、共同連帯を前提として組み立てる制度であります。
(再分配もその一つの手段です)
その相互扶助しあう規模が、国家規模なのか、地域規模なのか、家族規模なのか、個人規模なのかは各々の思想があるのでしょう。
そして、それがこの『結婚しなければ、子どもが生まれないわけだから、ひとさまの子どもの税金で老人ホームに行くことになりますよ』と他人に述べることにつながるのでしょう。

つまり、加藤寛治衆議院議員は、国民の共同連帯によって、他人を支えることを否定的にとらえているのではないでしょうか。
(国民介護法 第1条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。)
(ちなみに、国民の共同連帯の理念、というキーワードが出てくるのは、年金、高齢者医療、介護という3つの法律らしいです。なんか高齢者関連ばかりですね。)
だから、国会議員の信念として、国の制度を利用する権利行使について否定的に、他者に説いて回っているのではないのでしょうか。

加藤寛治衆議院議員は同趣旨の事を国会の厚生労働委員会などで、発言できるのでしょうか?
老人ホームに他人の子どものお金(つまり現役世代が収めた税金?)を投入すべきではない、とか、介護保険制度について否定するとか、他人の子どもの税金でなにかサービスを受けることについて、恥ずべきだとか、申し訳ないと思えとか、違和感を覚えないといけない、とかそういうことを。

また、若い女性にだけそういうことを聞いていることもおかしいことです。
子どもを産み育てるのは、女性だけではなく、男性も存在しているのに、若い女性にだけ「他人の子どもで老人ホームに行くことになる」と説く。
現在、子どもをお腹に宿すことができるのは女性だけだからといって、結婚は女性だけではできません。
(シングルマザー·シングルファザー、もしくは事実婚などによって結婚しなくても出産や子育てを行なえますが、加藤議員としては結婚しないと子どもが生まれないと言っているので、そういうことは頭の片隅にも存在しないのではないでしょうか。) 

それなのに、若い女性にばかり説いている(と本人が説明しているように見える)から、おかしいと言われるわけです。

これは、現在の男女共同参画とか、女性の活躍という自民党が運営する政府の政策と異なった、女性は働いていないから他人の税金頼りであるという世界観にも基づいているようにも思われます。

このような認識は、女性蔑視として認識せずとも抱く事ができる認識ですから、女性蔑視はしていないし、そのような認識は持ってないという本人の主張とも合致するのではないでしょうか。
つまり、蔑視してるからおかしいのではなく、加藤衆議院議員のそもそもの認識がおかしいという話なのではないでしょうか?

本人は「少子化を解決しないといけないと考えた結果」的なコメントをしていますが、それならば国会議員らしく、出産·育児を制度でサポートすることをアピールすればよかっただけなのではないでしょうか?
そのような制度サポートのアピールをしていたならば、決して「他人の子どもの税金で老人ホームに」なんて話にはならないはずですから。
(同時に述べてしまうとそれこそ出産や子育てなどをサポートする制度が「他人のお金で子どもを産み育てることになるんですよ」なんて話にもなりかねませんからね。)

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