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森友学園と親学

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森友学園の土地の取得価格がおかしいという問題から、そもそも幼稚園や保育園の教育内容がおかしいと言う事にも派生した問題。女性セブンがしつこくそういう記事を載せている印象が、あるのですが、新しい記事がありました。
森友学園運営の保育園 退園した保護者の勤務先に苦情入れる

その記事の内容が、また根本的な問題がある話のように見えるので、引用します。

大阪市の保育園標準時間は朝7時半から18時半です。市の募集要項にもそう記載されていたので安心して入園させたのですが、森友保育園は朝8時から16時半までしか預かってくれなかった。

そもそも公的に掲示している募集要項すら守っていない事案があるという、事実ならこれだけで市から指導が飛んでもおかしくない事案です。

唖然としたのは、守っていない理由が以下の通りだったことです。

「それどころか、すぐに『預かる預からない以前の問題』と書かれた園長(森友学園の理事長夫人)からの手紙が届きました。園長の考えは、基本的に女性は家を守り、育児や家事を担うというもので、女性が外で仕事することに反対の立場でした。私は手紙を見て大きなショックを受けました」(Aさん)

園との交渉は一向にラチが明かず、区役所に相談しても転園を勧められるだけ。子供のためにどうすべきか──悩んでいると園長から再び手紙が届いた。そこには次のように記されていた。

〈朝ごはんも夜ごはんも自分で作らないで、人の子に何を教えられるのでしょうか〉
〈わがままやめなさい〉

ようは、総理大臣が言った『情熱的な教育をされると妻から聞いた。しつけ等をしっかりしておられるというところに共鳴した』という発言でいう、熱意的な教育やしつけが、園の人間が子どもや親に対しあり得ない対応(虐待や誹謗中傷、差別、脅迫など)をする結果を招いているのです。

そして、私は、これが籠池夫妻個人の問題だけで終わっていいとは思えないのです。
この方のような意味で教育熱心な方々が熱心に推し進める考え方、親学の危険性に繋がるように私には思えてならないのです。

親学とは、2012年頃に『発達障害は親の子育ての結果が悪いからなる』『わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるもの』(実際はそんなことはない)という考え方を元にした勉強会や大阪市議会にそれを参考にして大阪維新の会が条例案を提出しようとしたことで注目された右翼系の思想を持つ方々が親和的な、子育てに対する考え方の一つです。

大阪維新の会が検討していた条例案には『保護者に保育士体験』という内容もあったとのことですが、その事も親学の特徴を示しているように個人的には思います。

要するに親学とは『子育ては親が全責任を担わないとおかしい』『だから親は正しい子育てを学ばないといけない』『責任を負わせるだけだったら大変でだれもやらないから、やっている人には一応支援もするね』という考え方を軸に組み立てられたものであると私は認識しています。

だから親学に基づいた条例案の名前は『家庭教育支援条例』となるのです。

(ちなみにそんな親学を推進する超党派議員連盟の会長を現総理大臣が務めていて、その総理大臣を排出した自民党が今国会で『家庭教育支援法』というものを、第一次安倍晋三政権で改正されたことで、『父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって』等とする家庭教育についての記述が追加された教育基本法を背景に提出·成立させようとしています。それに関して毎日新聞などに批判記事が掲載されています。)

(もう一つ、ちなみになんですが、『父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって』という文言は、その前の小泉内閣で制定され何度か改定されている、『次世代育成支援対策推進法』にも存在しています。
しかし、子育てについて、家庭以外が支援して子育てをしやすくする責任があることを明らかにする法律にて確認することと、家庭教育そのものについて明記する際に確認することでは、同じ文言でも意味合いが変わると私は思います。)

家庭教育支援といいながら、実態は親学の思想に沿った考え方である、彼らが伝統的と思い込んでいる家庭教育の推進、また、そのような家庭教育以外は支援しないという表明なのが、家庭教育支援法の正体なのです。

この親学や家庭教育支援法の根底には安倍晋三氏の子ども手当についての発言から推測するに『子育てを家族から奪い去り、国家や社会が行う子育ての国家化、社会化を防ぐ。ポル・ポトやスターリンが行おうとしたことを防止する』という考え方があります。
(のちに安倍晋三氏は「私は全てを社会化、あるいは国家が担うことは間違っていると申し上げた」と弁明しているが、そんなこと誰も言ってないし、子ども手当でそんなことができるわけもない。)

この方々は家族の負担を一部でも社会が負担する形に移すことを、字面だけ捉えて『子育てを家族から奪い去る』と考えてしまう、そういう考え方の枠組みの持ち主なのです。

そのような枠組みで組み立てられたと推測される家庭教育支援は、なんら現在困っている子育てをしている親を救う内容になっているわけではなく、保守派にとっての『理想の教育』『理想の社会構造』を作る流れの一つでしかない可能性が高く、それは結果的に、『子育てを家族に取り戻す』形で、現在困っている親(家族)にさらに過負担をかける形になる可能性が高いのです。

(そこらへんに関しては、ヨミドクターに宋美玄さんが書いている『親になるための教育って?』を読むと分かりやすいように思います。)

この『現在困っている親にさらに過負担をかける形で理想の教育を実現する』というものの一例が、まさに森友学園系列で行われた“しつけ”なるものなのだと思います。

とくに、保育園園長の手紙の〈朝ごはんも夜ごはんも自分で作らないで、人の子に何を教えられるのでしょうか〉〈わがままやめなさい〉などから、親学に近い考え方を私は読み取ります。

ちなみに親学推進議員連盟の会長が総理大臣をやっている中で打ち出された子育て政策の一つに『3年間抱っこし放題』があったことも記憶しておいていいと思います。

(ちなみに塚本幼稚園は安倍昭恵氏などの[親学に親和的な右翼系の人物の]講演会を「親学·教育講演会」として開催していた模様。根拠は『“激安国有地”の森友学園 安倍夫妻と「愛国」理事長』『ノイエホイエ氏の画像ツイート』『塚本幼稚園ホームページの教育講演会の記録ページ』などから)

私は親学は、日本の悪しき部分のみを、凝縮した、社会無責任理論だと思っています。特定家族の生きづらさを、その家族だけで完結させることでその他の人間を生きやすくするという切り捨て理論だと私は思っています。
要するに親学は子育て隔離理論であり、家庭教育支援法は一種の子育て隔離政策だと思っています。

わたしはそのような政策が制定されてしまうような日本ではなくなってほしいと思っています。
子育て共生社会に一歩でも近づけるように願っています。

ですので、塚本幼稚園の様子の報道などから、親学の脅威を知る方が増えてくれると、少しでも子どもが健やかに育ちやすくなるのではないか?また子育ての負担軽減もしやすくなるのではないか?と思っています。

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