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科学と政治 COVID-19の事例

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PCR検査を増やすべきではない、もしくは、増やしたくない人の論によって、感染者の把握が阻害されていたり、見舞金の不正受給を疑う論調が加速されているのでは?という内容の記事を過去に書いたのですが、この記事で触れたearlの人が、こんなことをツイートしていました。

PCR検査の無症状者への拡大を否定するための情報を取り上げているわけですが、このアメリカCDCの方針は、果たして何も疑問を挟まずに取り上げていい物なのでしょうか?

(CNN) 新型コロナウイルス対策をめぐって「無症状なら検査は不要かもしれない」とした米疾病対策センター(CDC)の指針に対し、米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアントニー・ファウチ所長が懸念を表明した。

CDCが打ち出した指針は、20日に行われたホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームの会合で協議された。ファウチ所長も対策チームのメンバーだが、この日は手術を受けるために会合を欠席していたという。

ファウチ所長はCNNの取材に対し、「私は手術室で全身に麻酔をかけられていて、検査に関する新しい勧告については協議や検討に参加していなかった」とした上で、「こうした勧告の解釈について憂慮している。これでは症状がない人からの感染に重大な懸念はない、という誤解を与えかねない。実際には重大な懸念がある」と指摘した。

米CDCの新指針、ファウチ所長が懸念表明

【8月27日 AFP】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症状がなくても感染者と接触した場合は検査を受けるよう推奨してきた米疾病対策センター(CDC)が突如、見解を一変させ、「無症状なら必ずしも検査を受ける必要はない」と指針を修正した。方針転換の理由や根拠は説明されていない。  

CDCのウェブサイトに掲載されたコロナ指針がひそかに変更されたのは、24日。折しも米メディアでは、コロナ対策へのホワイトハウス(White House)の政治的介入が報じられていた。

 CDCの指針では、これまで「無症状や発症前の人からも感染する恐れがあるため、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)感染者との接触者を直ちに特定し、検査を行うことが重要だ」と説明していた。だが、現在は「感染者と15分以上の濃厚接触(約1メートル以内)があっても、症状がなければ、感染リスクの高い人または医師・公衆衛生当局から推奨された人以外は、必ずしも検査を受ける必要はない」となっている。

無症状接触者の検査指針、米CDCが説明なく一転 ファウチ氏関知せず? 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

指針の変更をめぐり、一部の医師からは「感染者と密接に接触した人でも検査を受けなくていいことになる」「検査不足が続いている状況を正当化するのが目的か」との声が上がった。

これに対して厚生省の報道担当者は、「新たな指針は接触追跡や監視目的の検査を否定する内容ではない」と説明している。

CNN.co.jp : 米CDCが新指針、無症状なら「検査は必須でない」 専門家から当惑の声も

このような、(政治的な)文脈が背景にあることを説明せずに、単に出てきた文書だけをシェアしていくのは、「これが主流です」みたいに装っているようにしか私には見えないわけですが・・・
(とても「政治的な」意思を感じると言うか・・・)

COVID-19は、感染症であることから、防疫と言う政治が濃厚に絡んでくる話を避けられないものです。
(感染症以外でも、医療費や医療政策などで政治は絡むわけですが、それよりもとても濃厚です。ましてや大統領選挙直前なわけで。)

そこを無視して議論を進めるのは、危うい方向に進みかねないと言うことを十分に考慮しないといけないのではないでしょうか?

決定から外れていた(方針に批判的な人を外すと言うのは、日本でも「自民党では全員一致をするために、反対している人が自ら決定のタイミングで退席して決定プロセスから外れる」なんて伝統芸があるぐらい「政治的なもの」の定番ですよね)ファウチ氏いわく「無症状者の増加は大した問題ではないと、人々が誤った思い込みをしてしまうのではないか心配だ」とのことですが、トランプ氏は最近も、自国の被害を少ないものだと印象付けるために他国の事例を持ち出す発言があるため、そういう懸念はおかしい物とは言えないどころか、ホワイトハウスの対策チームとして狙っている可能性すらあるのではないでしょうか。

トランプ大統領は「今(新型コロナの)流行が終息する希望に満ちた時を迎えたが、そのような国が他にあるのか」とし「彼らは比べたがっている。我々が信じがたいことを成し遂げたためだ」として、話を切り出した。

トランプ大統領は「ニュージーランドはおしまいだ。全てのことは消え去り、これから大規模感染が発生する」とし、つづけて「韓国もおしまいだ。昨日 大きな感染が起こった」と強調した。

トランプ大統領は「我々は素晴らしいことを成し遂げた。我々は大国だ」とし「我々はこれ(新型コロナ)に勝ったようだ」と付け加えた。

しかし米国は20日、4万5000人の新規感染者が発生していて、最近 感染拡大が減っているが、それでも依然として毎日1000人ずつの死者が発生している。

米国トランプ大統領、韓国に呪い?…「韓国はもうおしまいだ」=選挙遊説で新型コロナを言及│韓国政治・外交│wowKora(ワウコリア)

このような政府の意向と、科学的な事実のピックアップがどの程度影響されているのか、そういうことを考慮した上で科学方面の行政組織の決定は見る必要があるでしょう。

ここまでアメリカの話をしてきましたが、日本でも政治と科学の関係の問題と言うか、今回のアメリカの話と似たような問題があります。

例えば以下のような日本政府の動きは、求めるもの(経済&支持率)のために都合のいい科学の一言説をピックアップする様子のようにも見えます。

 6月以降の感染再拡大では、感染者数が高止まりする一方、重症者は少ないことから、官邸内には「入院は重症者に特化していい」(幹部)、「(新型コロナに対する)国民の意識を変える必要がある」(首相周辺)などの意見が出ていた。経済と感染拡大防止の両立を掲げる政府にとって、運用を見直すことで国民の不安を緩和し、経済活動を促す効果が期待できる。政府高官は「態勢が整えば恐るるに足らない病気となる」と語った。

 ただ、軽症者や無症状者の扱いについては、すでに宿泊施設や自宅での療養も広がっている。コロナ対応に関係する政府関係者は「見直しがどの程度現場の負担を軽減する効果があるのか分からない」と話す。

医療機関の負担軽く? コロナの運用見直し、政府が検討 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 無症状者について、厚労省は「宿泊療養を求められるのは、入院勧告ができるからだ」(幹部)として、現行規定を修正しつつ宿泊療養を徹底したい考え。ただ、首相官邸内には、今の扱いが必要以上に世の中の警戒心を招く原因になっているとして、無症状者は入院勧告の対象から外し、各種措置も緩和すべきだとする声も根強くある。

感染症法のコロナ対策措置見直しへ 無症状者の入院勧告緩和など検討 - 毎日新聞

ここのポイントは、官邸内(≒首相周辺)に「国民の意識を変える必要がある」「今の扱いが必要以上に世の中の警戒心を招く原因になっている」という声が存在しているということです。

「態勢が整えば恐るるに足らない病気となる」という言葉すら出てきていますが、ここで態勢についての議論はどう考えても経済活動の拡大の方面によっていることから考えても、現在恐れられている「高リスク者への感染」「後遺症がどの程度あるのか」という面を今より軽視しようとする方面としか思えません。(「正しく恐れよう」程度すら言わなくなる未来に向かっていると言いますか。)

病気の性質の問題ではなく、国民の意識の問題である、と考えているからこその一連の施策(マスク配布・stayhome動画・gotoキャンペーン)なんでしょうが、結局「(いつか)不安がパッと消える」ということを未だに信じているということなのでしょう。

この病気自体を把握した気になって、リスクと向き合わない、あくまで向き合うのは「国民の不安」という姿勢が、PCR検査の方針のはっきりしなさにもつながっているのでしょうし、全ての施策がふらふらしていることに繋がっているのでしょう。

このような首相周辺の意向があると言うことを前提にすれば、この政権が取り上げる「科学」は「不安を解消できるものである」というバイアスを含んでピックアップされていることを考慮する必要があるでしょう。

また、日本のCOVID-19対策にて、すごく都合よく「科学」をピックアップした事例がありました。

 初期段階の研究に過ぎないのに、新型コロナウイルス対策の「切り札」としてうがい薬の使用を呼びかけ、混乱を招いた大阪府の吉村洋文知事の記者会見から2週間あまり。この間、府内の重症者は東京都を超すほど増えたが、感染状況を示す府の独自基準「大阪モデル」は赤信号にならない。科学が政策判断に都合よく使われているのではないか――。会見や会議での知事の言動を検証すると、「うがい薬会見」以外にも「演出」を意識した発信があった。【田畠広景】

天を仰いだ吉村知事の“演出” うがい薬、大阪モデル…科学を都合よく利用? - 毎日新聞

どうせこの記事を読んで、維新の方々は毎日新聞批判に熱中してるんじゃないかと思うんですが、この話も自らのアピールやらに都合がいいからピックアップしたようにしか見えません。

そして維新らしいところは、これを受けて追及された時に、悪びれず以下のような認識を露わにしてくることです。

  吉村知事は翌5日の定例会見で「府民への呼びかけは政治家の仕事。正確に丁寧に伝えるのはメディアがすべきだ」との認識を示した。その上で「紙を読む会見をしても意味ないし、僕自身は思うことは、全て発信していきたい」と強調した。可能性レベルの研究を政治家が強い言葉で発したことで混乱が生じ、結果的にその責任を誰も取っていない状況になっている。

「府民への呼びかけは政治家の仕事。正確に丁寧に伝えるのはメディアがすべきだ」
「紙を読む会見をしても意味ないし、僕自身は思うことは、全て発信していきたい」

極端に言うと「デマだろうが何だろうが私は責任を取らない、政治家は専門家じゃないからデマを流しても仕方ない。でもメディアは気をつけろよ。政治家のデマが出回ったらメディアのせいだからな。」と言っているわけです。

責任逃れ、責任押し付け。これぞ、橋下イズムの真骨頂であり、悪質な弁護士弁論術的なものなのでしょう。

しかし、吉村洋文氏がこういう認識ならば、吉村洋文氏の記者会見等は一切原文を報じるべきではないでしょう。
思ったことを言うだけの個人的な発信は個人の責任だとはっきりしている「市長の部屋」みたいなことでやるべきでしょう。

常々維新はそうなのですが、市長等の首長は「政治家」の一面だけではなく、「行政の長」の一面、行政機能も担っている肩書であるということを無視しています。

行政機能も担っているような肩書だからこそ、市長の発言と言うのは信用性を帯びていくわけですが、ここで吉村洋文氏は、自らを一政治家と位置付けている。これが見事な欺瞞・誤魔化しなのです。

与野党の一議員がおかしなことを言っていても、何らかの行政機関の動きを独断で決められるほどの影響力もないし、情報収集力も個人(事務所)の範囲にとどまることから「あーなんか言ってんなぁ」で済むわけですが、一首長が言うと「いろいろな決定権があり、下の行政機関から情報が上がってくる人が言うということは…」と考えられるわけです。

そういう政治家の影響力の違いや、持っている権限、機関の違いをごまかしてはいけないわけです。

このような都合のいいフレーミングをするのが維新であり、そういう政治家が科学を都合よくピックアップしてるわけです。

冒頭の話にも関わってきますが、特に近年の強い持論を持つ首長が選ばれることが多い状態では、行政機関が何らかの方針を打ち出した時は、その方針に至った背景をきちんと追わないと、何が影響しているのかを誤解する可能性が高いと思うので、それに気を付けていかないと、ミスリードに引っかかってあらぬ方向に行ってしまうのではないでしょうか?

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