山田太郎議員が議員になった理由、また議員になってびっくりしたことなど

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日本を元気にする会の公式生放送の二回目の放送の『今週の元気な人』というコーナーで山田太郎議員が話されたことをメモしておきます

・政治家になった理由
政治家になる気はなかった。
選挙に出ると決意してから選挙活動をしたのは一ヶ月と10日。

2010年の参議院選挙前に、みんなの党がアジェンダを見直すという事があって、浅尾さんの支援者だった山田さんに『手伝ってくれ』と声がかかった。
そのために『最初のころ製造業の政策が多かった』と後に言われた。

そののち、『アジェンダを作ったんだから、責任をとって選挙にでろ』という話になり急遽出馬。
浅尾さんからは『参議院の比例だから、そんなに選挙活動をする必要はないんだよ』と言われたがそんなことはなかった。

・政治家になってびっくりしたこと。
永田町は毎日びっくり。
まず、議論がくだらない、裏とりのない議論が多すぎる(特に野党)
コンサル時代は、裏とりがない質問をすると怒られ信頼を無くしたのに、国会では何を聞いても聞き流されているために、野党の質問の質が悪い。

毎月売上を気にしないでいいので、国会議員は緊張感が無い。
質問の前に態度が決まっていることも多いので消化試合が多すぎる。

法制局、国会図書館、委員部という『投げると返してくれる素晴しいサポート期間』が沢山あるのに、使っていない議員が多すぎる。

現場の声を拾えていない議員が多い。
コストかければいいと思っている人が多い。
最近、個人法益と社会法益の2つの内、社会法益の法益が増えているのが非常に気になる。

・元気会を作った一番の理由
松田公太氏と『国会のルールはおかしいよね』と話してきた。
脱原発でも『国民投票』などの国民に声を聞くことを重視してきた。
『何が正しい』なんてことは無いと思う。
お客さんに色々聞く政党を作りたい。
政策、375もあるので実現できない。
みんなの党のアジェンダには秘密保護法が明確に入っていないのに、党議拘束で割れてしまった。
特に第三極は『政策に強い思いがある』議員が多いのでそうなりやすい、という反省がみんなの党の解党から得られた。
なので、そういうことを反映した仕組みの面を重視した政党を作った。

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