こども子育て支援

杉並区議 田中ゆうたろうの子育て3箇条 ~預けるな、世の中迷惑、感謝しろ~

2016/04/04 778views

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 東京都杉並区の田中裕太郎区議(40)がインターネットの自身のブログに、「保育園落ちた日本死ね」とつづった匿名ブログについて「便所の落書き」と書き込んでいたことが16日、分かった。田中区議は「事情はどうあれ、『日本死ね』なんて暴言は許されない」と話している。

田中区議は13日、ブログに「震災犠牲者に恥じない日本を」と題した文章を掲載。「『日本死ね』などと書き込む不心得者や、そんな便所の落書きをおだてる愚かなマスコミ、便所の落書きにいちいち振り回される愚かな政治家があとをたちません」などと書いた。

「日本死ね」は「便所の落書き」 杉並区議がブログで批判

この田中ゆうたろう氏、毎年のように、子育てをしている方などを批判し、大炎上しているのですが、炎上してもブログを一切消さないために全部ひどい記述は残っています(それだけ本人は開き直っている、批判をきにしていない、ということだろう。)

こんな考えをしている人が、自民党所属として(会派は美しい杉並となっていますが、本人は自民党所属と述べている)、子育て支援体制について熱心に取り組んでいるという事実は抑えておいたほうがいいと思います。子育てしばきが子育て支援の実態になりかねないということを。

というわけで、以下、田中ゆうたろう区議の子育て親しばきなどをまとめます。
(しかし、自分の意に沿わない事に全く共感を示さないのに、『杉並に共感の政治を』というフレーズを掲げているのが、呆れるしか無いです。)

 

東日本大震災で犠牲となられた方々は、今、どういう思いでこの国を見ておられるか、考えました。
私達は、彼らに恥ずかしくない生き方を出来ているかどうか。
巷では、インターネット上に「日本死ね」などと書き込む不心得者や、そんな便所の落書きをおだてる愚かなマスコミ、便所の落書きにいちいち振り回される愚かな政治家があとをたちません。
事情はどうあれ、「死ね」というほど日本が嫌なら、日本に住まなければ良いのです。
たった5年前の震災で2万人近くの方が無念のうちに命を落とされたにもかかわらず、よくも「日本死ね」などという暴言を思いつくものです。
右往左往する票乞食たちもみっともない。無視すればいいだけの話ではありませんか。

だいたい、イクメン議員をもてはやした連中と、「日本死ね」を持ち上げている連中は、面子がほぼ同じです。このことがすべてを物語っています。

震災犠牲者に恥じない日本を: 田中ゆうたろうブログ

 

今回の件は、「大の男が臆面もなく育休育休言うな」という天の声でもある

(中略)

一般の労働者が育休を取れば、手取りが大幅に減ってしまいます。共稼ぎの場合、両親が2人一度に育休を取れば家計が回らなくなる場合が多いでしょう。
本当に父親の手が必要なのは、生まれてくるのが第2子以降である場合、母親の入院中とその後1週間程度でしょう(上の子供の世話のため)。これなら有休で何とかなる場合も多いのではないでしょうか。

(中略)

男性の育休取得が、職場に対していかに大きなダメージを及ぼすかということも考える必要があるでしょう。そもそも、中小企業などで、育休を取ろうにも取れない人も大勢います。

(中略)

今回の件は、同じく衆院議員である夫人の側にも問題があると思います。
問題が発覚する前の段階では、夫と2人、マスコミの前で能天気にはしゃぎ回っていたではありませんか。そんな暇があったら、多かれ少なかれ世の中に迷惑をかけることになる夫の育休宣言を、妻として諌めるべきだったのではないでしょうか。
「恥をかいてきなさい」とダメ夫を一喝したそうですが、彼女もまた、男を見る目がまるでなかったこと、薄らバカの売名行為にひたすら加担し続けたことを少しは恥じて良いところでしょう。
要するに、罰が当たったという話です。

自称「育メン」3条件: 田中ゆうたろうブログ

 

 

私は、今のこの不況を本質的に打破するためにも、女性力を思い切って爆発させることは必要だと考えている。仕事と子育てを真に両立できる社会を創らねばならないと強く願っている。だが、それゆえにこそ、「子育ては本来は家庭で行うもの」という基本中の基本を忘れるべきではないと痛感する。一抹の遠慮も忸怩の念もなく、声高に居丈高に「子供を持つなということか」「現状のおかしさに気付いて」などと世を恨むかのような態度は、それこそどこかおかしい、どこか的を外している。「お願いです。私達の子育てをどうか手伝って下さい」、これが待機親に求められる人としてのマナー、エチケットというものではなかろうか。

一抹の忸怩なき待機親に一抹の疑義あり: 田中ゆうたろうブログ

 

議会でも、またこのブログでも度々述べてきた通り、子供は本来は親が家で育てるべきものと私は考えています。そのような考えに立ってこそ、保育園に子供を預ける保護者の方々は、自分達の子育てを世の中が手伝ってくれているのだという気持ちを強く抱くことができるのではないでしょうか。

杉並区だけでは待機児童問題は解決できない: 田中ゆうたろうブログ

 

預ける相手もろくに知らずに、預けてしまう。しかも、3日間も。
この母親に、非はなかったのでしょうか。

(中略)

母親の住まいは横浜市とのこと。
同市が使っている「保育コンシェルジュ」という言葉にも、私は以前から不健康なものを感じていました。
コンシェルジュというのは、「ホテルで、泊まり客の求めに応じて、街の地理案内や交通機関・観劇の切符の手配などをする係」と辞書にあります。
観劇の切符の手配と、子供を他人に預ける手配が同列で良いのでしょうか。

(中略)

「横浜市は待機児童ゼロを達成」──。
昨年のニュースに踊ったこういう見出しが、この母親の心に影響を与えたのでしょうか。
社会が子供を育てて当たり前。他人に預けて当たり前。
そういう風潮が、この母親に偏った観念を持たせてしまったのではないでしょうか。
悲しく思うと同時に、今回の事件を、今の日本人は天啓と受け止めるべきではないかと私は考えます。

ベビーシッター事件に思う: 田中ゆうたろうブログ

 

保育園児の声を騒音のように思い、保育所の立地に反対する住民の立場に同感できるか尋ねたところ、『ある程度』が29・7%、『とても』が5・4%で、計35・1%が同感だった。

(中略)

先の35%の方々は、子供の声そのものではなく、実際は、「子供は社会が育てて当然」と主張する一部の保護者の態度に不安を覚えているのではないか。私はそう考えるのです。

(中略)

私は一昨年の2月、杉並区役所前で一部の保護者によって開かれた抗議集会を目の当たりにして、違和感を禁じ得ず、このブログに次のような趣旨を述べました。

(中略)

私のこのブログは、かなりの反響を呼びました。コメント欄には数多くの擁護論が寄せられる一方、「女の敵」「杉並の悪魔」といったわけのわからない中傷から、殺害予告とも受け取れるものまで、罵詈雑言が殺到しました。ご丁寧にも朝日新聞が2回にわたって紹介したほどです。
確かに、一部の方々には、いささかきつい物の言い方ではあったかも知れません。しかし、「謝罪しろ」というお声には、私は一切応じませんでした。
保護者側に最低限のマナーやエチケットがなければ、地域住民がそれを快く思うはずがなく、肝心要の保育所整備にも支障をきたすであろうことは、目に見えている。私は、一貫してそう考えてきたからです。

(中略)

雑誌アエラ(9月28日号)は「保育園に入れないのは憲法違反だ」という趣旨の記事の中で、相変わらず街頭で抗議活動を行う子連れの母親達の写真を掲載しています。

(中略)

保育園建設予定地の近隣住民がこの光景を見たら、一体どう感じるでしょうか。
こうした親達のために周辺の閑静な住環境が破壊されるのではないか。そう恐れる声があがるのも、私は無理からぬことと考えます。

子供の声を騒音と思われないために: 田中ゆうたろうブログ

 

オマケ:子育て以外の田中ゆうたろう氏の問題といえる記述。案の定LGBT関連でもクソみたいな認識でした。(あと生活保護関連でも親しばきをしていました。基本的に当事者しばきかつ、すごい上から目線なのが恐ろしいです。)

 

「自分は同性愛者だ」と思い込んでいる方々に、私はお尋ねしたいと思います。
本当にあなたは、同性愛者ですか?
最近はマスコミにやたらと同性愛者、それもマスコミ受けしそうな極端な芸風(ゲイ風?)のタレントがたくさん出てくるので、そういう環境につい影響を受けて、自分もそうだと思い込んでいるだけではないですか。
もしかしから、本当は両性愛者なのではないですか。
だとしたら、ここはひとつ、思い切って結婚をお考えになってみてはいかがですか。

(中略)

「自分は同性愛者だ」というのは、誤った固定観念である可能性があります。
結婚は、その可能性に気付かせてくれる、今日きわめて重要な制度なのです。

私だって、もし将来何かの間違いで妻と別れたら、どんな錯覚を起こすかわかりません。

結婚は男と女がするものです: 田中ゆうたろうブログ

 

「環境的にやむをえない同性愛はもちろん環境の変化によって治るが、本質的倒錯は変わらない」と高良武久医師の名著『生きる知恵』にも記されています。「自分は本質的倒錯である」との自覚があれば、「奇跡的に愛する女性とかに現れてほしいの」などという言葉は、まず出てこないのではないでしょうか。
「自分は同性愛者だ」というのは、誤った固定観念である可能性があることを、先般このブログで述べました。マツコ氏も、明確な自覚がないだけで、実は両性愛者なのかもしれません。本人もそれをうすうす感じた上での先の発言なのではないでしょうか。
「変なところ、道徳性が強いの」というのは大変素晴らしいことです。(変なところじゃなくて肝心なところですよ、と言いたいところでもあります。)マツコ氏のような方が好きだという女性も、世の中には少なからずおられることでしょう。異性と結婚し、子供を授かることは夢でも何でもありません。ぜひ婚活にトライしてみてはいかがかと、勝手ながらエールを送る次第です。
マツコ氏は、日本を代表するオカマと言ってよいでしょう。ぜひ、先鞭をつけて頂き、世のオカマさんやオナベさん達に希望を与えて頂きたいと思います。

同性パートナーについて考える: 田中ゆうたろうブログ

 

生活保護の不正受給が久しく問題となっていますが、この場合は生活保護の不正不受給というべきでしょう。

子供を守るのは親の務めです: 田中ゆうたろうブログ

 

 

ひたすら自分たちの権利を主張するのではなく自分たちが少子化に貢献できないという事実をみつめ、開き直ることなく、つつましく忸怩の念、慙愧(ざんき)の念を表明していることに深く心を動かされたからです。いわゆる性的少数者のなかにはこうした方々もいるということをわすれてはならないでしょう。同性パートナー推進の方向はこうした方々の謙虚さ、つつましさ、将来への不安の声を踏みにじる恐れがあるものではないでしょうか。

原田あきら:田中ゆうたろう区議の予特意見開陳におけるLGBTに関する部分抜粋

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