他国の戦争に便乗して九条批判を始めるクズ人々が跋扈している昨今、皆さま無事生きておられるでしょうか。
こうやって便乗する方々に対応するのも癪なのですが、何も言わないのも癪なのでブログに書いてしまいますが、九条関連の議論に一番関係してくるのは、プーチン大統領の軍事展開の言い分がどういうものだったのか、ではないでしょうか。
大きな言い分の一つは「ウクライナのネオナチ・民族主義者によって虐殺されている自国民の保護」。
もう一つはウクライナという国家の存在自体を誤りであると否定しつつ、ウクライナが軍備増強し、核武装をしようとしている(実際にはウクライナに核武装をする能力など無いようです)などと強調し、その存在を「自国の存立の危機」と絡めることで正当化を図っているというものだと思われます。
「力による現状変更がなされかねない、もしくは、すでになされているので、それに反撃する」という理屈と言えるかもしれません。
9条を維持するにしても、先制攻撃能力を得るにしても、改憲するにしても、実際に侵略が起きている現状で、まずいうべきは9条どうこうではなく「プーチンの理屈は許されない」、この一点なのではないでしょうか。
今回の武力行使について、「許されないことであること」を強調することのない九条への言及は、武力の暴発についての考慮が不足しているのではないか?と疑ってしまいます。
「ウクライナのようになってはいけない」と、自国を武力行使で脅せない弱者側にばかり置く議論は、今後「抑止力」を強化し「敵基地先制攻撃」能力などを強化しようとしている文脈上であるならば、語るべきであるものについて抜けている議論であるように思うのです。
自国が「抑止力」を得て、武力で脅せる存在になったとき、どのような「暴発防止策」が存在するのか、それを検討することが今回のロシアの武力行使に関連して検討すべきことなのではないでしょうか。
武力は行使された時点でどこに正義があろうが結果としてどこかに悲劇を生み出してくと言うこと。
そのような共通認識の存在があるのか確認すること、それも今回の事案に関連して確認すべきことであろうとも思います。
また、ウクライナ以外でも多くの武力行使が中東などの各地で行われていることも再確認すべきでしょう。
止めるべきはロシアだけではありません。
一方、最悪なのは、ロシアの武力行使を正当化しかねない武装・防衛論が次々と出てくることだと私は思います。
そういう論を拡大させないこと。プーチンと違う道を征くこと。
それが今、私が一番重要だと思うことです。

余談ですが、個人的には激しく無力化され続けているロシア野党の存在にも注目してしまいます。
(ただし、今回は野党の中でもロシア共産党はウクライナの反共に対し思うところがあるようで〈プーチンのネオナチと言う言及はそういう民意にも向けているのでしょう〉、なかなか難しいようですが・・・)


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