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国民民主や自民周りの呆れる話

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合流新党に行かないで新党をつくるとした玉木氏などの人数がだいたい見えてきたようで。

 分党協議に向けた意向確認で、同日午前の締め切りまでに14人が参加の意思を示した。関係者が明らかにした。

 国民を支援してきた産業別労働組合(産別)の組織内議員9人は、電力総連と電機連合の衆院議員1人、参院議員3人が参加。UAゼンセン、自動車総連の5人は参加を見送った。当面、無所属で活動するとみられるが、国会では新「国民」と同じ会派に入り、活動をともにする可能性がある。

 このほか現在は無所属だが、新「国民」参加に前向きな議員が複数おり、15日に予定する結党大会に向けて調整する。

新「国民民主党」に14人参加 産別議員は4人、さらに増加も - 産経ニュース

Twitterなどで蠢いている、心情的に国民民主党推しなのを丸出しにしている、謎の政界人脈持ってる人たちの騒ぎ方からして20人超えるくらいの規模が来るんじゃと思ってたので、とても意外な人数なんですが。

で、正直目を疑ったニュースが国民民主党関連でありまして。

この日の協議では、早期の衆院解散・総選挙を警戒し、知名度の高い前原氏に代表就任を促す意見があったという。国民民主党の名称が存続するため、玉木氏の「続投」を求める声も残る。

「玉木新党」も代表選実施 前原氏推す声も 15日結党 十数人規模

なんと前原氏を代表に推す声があったとのこと。

記事としては「知名度の高さ」が理由とのことですが、もういいから民主党の名前捨てて、中山成彬氏と井上一徳氏や小池百合子氏と話し合って、もう一度「希望の党」に戻って、あの時やった都民ファーストと日本維新の会と選挙協力していく路線に戻ったらどうですか?とか思ってしまいます。

この人たちが本当にやりたいのは、自民党と希望の党系勢力で挟み撃ちして、旧社会党系・共産党等の左派にとどめを刺したいんでしょ?としか思えないんです。

それが保守二大政党制ってやつでしょ?だから、それを諦めて自民党に行く人が多発するんでしょ?と思うのですが。

で、そんなこと言ってたら、尖閣問題で前原氏が産経新聞のインタビューを受けて、それを元に長島昭久氏が、選挙区の敵である菅直人氏の話題なので早速食いつき、我こそ自民党政権で尖閣問題を進展させる下準備をした立役者!みたいなこと言ってるように私には見えるツイートが見えてきまして。

(ちなみに日経新聞も、中国漁船衝突事件について書いてます。)

まず、前原氏のインタビューなんですが、長島昭久氏が述べているように「柳腰外交」だなんだと言われていた仙谷氏は首相の指示に従ったまでで、本当に支持したのは菅直人氏だった、みたいな話ではあるんですが。

(追記)

と言うことで二年前には明言されていて、産経新聞の独占情報ではないようです。
2年前、このNHKの記事を読んだ記憶があるのですが、あまりにも当然だと思いすぎて、当たり前のように読んでそのままスルーしてましたね・・・

(追記終わり)


私が気になるのは、前原氏が説得した話が、とてもあっさりしているように見える点です。

 前原氏によると、国連総会に出席するための22年9月21日の訪米出発直前、首相公邸に佐々江賢一郎外務事務次官ら外務省幹部とともに勉強会に参加。その場で菅氏が公務執行妨害容疑で勾留中の船長について「かなり強い口調で『釈放しろ』と言った」という。

 前原氏が理由を聞くと、菅氏は同年11月に横浜市でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議があるとして「(当時の中国国家主席の)胡錦濤(こ・きんとう)が来なくなる」と主張。中国側は船長の釈放を要求し、政府間協議や人的交流の中止などさまざまな報復措置をとっていた。釈放しない場合、胡氏が来日しなくなることを懸念したとみられる。

 前原氏は「来なくてもいいではないか。中国が国益を損なうだけだ」と異を唱えたが、菅氏は「オレがAPECの議長だ。言う通りにしろ」と述べた。前原氏はその後、当時の仙谷由人官房長官に「首相の指示は釈放だ」と報告した。

船長釈放「菅首相が指示」 前原元外相が証言 尖閣中国船衝突事件10年 主席来日中止を危惧 - 産経ニュース

これは前原氏関連、希望の党騒動などでの前原氏と枝野氏との関係なり、小池氏と前原氏・細野氏の関係なり、山尾志桜里幹事長内定騒動でのその後漏れてきた話しかり、党内コミュニケーションがあまりなさそうなんですよね。

このあっさり説得を諦めて、その後「私は指示に従ったまでです」と言い出す行為。これが民主党の悪癖と言われる「しぐさ」の正体で、よく「外に漏らすな」と言う指摘がなされますが、「外に漏らすな」というよりは、その自らの意思で諦めてしたがったことを、告発のような形にすることで誤魔化そうとするな、という話なのではないか、と今は思います。

僕は今回の前原氏の発言、野田佳彦氏に対して細野豪志氏が言ったと野田氏が述べている「上からの指示」発言と同じようなもののように見えます。

 11月1日、特別国会が召集された日の出来事です。総選挙後緊張感を抱きながら初登院し、衆院本会議場の新たに指定された議席に座っていました。すると、希望の党の細野豪志議員が近づき、私に声を掛けてきました。

  「大変失礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした。あの発言は上からの指示でやむを得ず…。」うんぬんかんぬんと謝罪のような言い訳のような内容でした。私は、「ああ、そうだったの」と答えるしかありませんでした。

  あの発言とは、衆院が解散され民進党が希望の党への合流を両院総会で決めた日の夜、細野議員がBS放送の番組で「三権の長経験者は遠慮してもらいたい」と述べたことを指します。翌朝、私は「先に離党していった人の股をくぐる気はまったくない」と言明し、無所属で戦う決意を固めました。野田政権で環境相を務めた細野氏らに頭を下げてまで公認を求める気にはなれなかったからです。

  私の発言の背景には、中国の故事「韓信の股くぐり」がありました。韓信は劉邦の天下統一に貢献した名将です。若い頃、街中でチンピラに喧嘩を売られますが、言われるままに黙ってその男の股の下をくぐって笑い者になります。大志を抱く者は屈辱にもよく耐えるという意味です。

  戦いを前にした私の直感は、故事成語よりも意地と矜持を優先しました。政党や政治家の歩みは、そう簡単にリセットできるとは思えなかったからです。

  細野議員から事後説明を受け、実は主謀者が党首だった小池百合子都知事であったことを改めて知り、私の判断に誤りがなかったと確信することができました。「寛容な保守」という看板は偽りであり、極めて非寛容で排除の論理を振りかざす人物だったとは…。同時に上からの指示を明らかにする細野氏の真意についても、不可解としか言いようがありません。

かわら版 No.1109 『股くぐりの真相』 | 詳細 | かわら版|衆議院議員 野田よしひこ

上で触れたように亡くなった仙谷由人氏の名誉回復の話でもありえるんでしょうけど、産経新聞が自ら別な記事で触れていたように仙谷由人氏自身もそういうことを示唆していたという話もありますし、どうもそうではない意図を強く意識してしまいます。

(追記)

前原誠司氏は、仙谷氏に対する思いから取材を受けた、と述べていました。

(追記終わり)

これまでも船長の釈放が「政権の意思」だとの証言はあった。官房長官だった仙谷由人氏(平成30年死去)は25年9月、産経新聞の取材に、菅(かん)直人首相の意向も踏まえ船長を釈放するよう法務・検察当局に水面下で政治的な働きかけを行っていたと明らかにした。

尖閣中国漁船衝突10年 「政府関与」裏付けた前原氏証言 教訓に尖閣対応強化を - 産経ニュース

一方、ツイートをしている長島昭久氏。その後自身が自民党へと向かったという事実を含めて私が見てしまうせいなのでしょうが、長島昭久にとって野田政権が自民党へ健全に引き継ぐための内閣であったかのように見えます。
(「麻生閣下」という呼び方どうなの?とも思います。)

「このような愚かな事大主義からの脱却も安倍政権の重要なレガシーの一つ。菅義偉さんにも引き継がれます。」なんて述べていますが、菅直人氏はAPECの成功を最優先に動いたと言う話であって、その視野の狭さは菅直人氏の一番の欠点、一点突破全面展開と言うものの問題ではあるものの、事大主義とはちょっと違うのではないでしょうか。

「一点突破、全面展開」は菅直人首相の20歳代から口癖である。

 敵や壁に挑む際、攻略の効果が最大の突破口を一つ探し当てて突破を図り、次に作戦を全面に展開する。それが最短の道という発想だ。あるいは、まず一点突破を図れば、その後に全面展開の道が開けると考えた。

菅流「一点突破戦術」の強さと弱さ | 塩田潮の政治Live! | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

むしろ事大主義的傾向としては、様々な政権の対米外交のほうが日米安保条約もあり、怪しい場面が様々あるのではないでしょうか。(悪いかどうかの判断は別として)

あと「他人事」という批判に対し、「では、真実を申し上げましょう」と仰々しい返しで、「私たちは菅政権を打倒して野田政権にして、尖閣国有化をしました!」的な返しをしているのですが、『私たちは、この直後、同志と共に菅(かん)政権打倒に立ち上がり、野田政権を樹立し』と言う部分、誇大表現ではないでしょうか?

実際には当時、建白書を渡すなどの行動は行っていたものの、政権与党の一員としてできることをやる方向で動いていたように、当時のブログや国会質問などからは見受けられます。

私はそういう党人派であった部分をいい部分だと多少思う人なのですが、自民党支持者受けのために打倒の方を強調したのでしょう。

ちなみに、菅おろしの主役は小沢派であって、長島昭久氏の勢力はあまり目立っていなかったと思いますし、本格的な倒閣活動と踏み込んだのは、原発事故後の再稼働云々の際なのではないでしょうか?本人も当時のブログでそれを認めたような記述がありますし・・・。

こういうところ、誇大広告もいいところだと思いますし、自民党の地ならししてることを誇られる野田政権って何だったんだろう、って心から思います。

ちなみに長島昭久氏を自民党に入れる最初の窓口となったのが菅義偉氏らしいですが、そのことを書いている産経新聞の記事で、長島昭久氏が選挙区を捨ててでも入党すると言う最後の決断をさせた理由が書いてあるんですが、これが酷いもので。

 長島氏にとって転機となったのが、6月6日の衆院安全保障委員会だ。同委では、国民民主党の前原誠司元外相が岩屋毅防衛相に新たな防衛力整備の指針「防衛計画の大綱」の課題などについて質問した。前原氏の質問は練られたものだったが、岩屋氏を始め官僚らもどこか白けた雰囲気に映った。

 「この質問がいったい何につながるのか。前原さんの姿は今の自分なんだ…」

 その数日後、長島氏は小異を捨てて大同につく決断に至ったという。

【政界徒然草】自民入りした長島昭久氏 菅長官が誘導 苦渋の選挙区返上 (3/4ページ) - 産経ニュース

野党の言うことを与党も官僚も聞いてない、野党が軽視されてるから、与党に入ろうと決断した、と言うことですなんですけど、これ前原氏が練った質問をしているというのがポイントですよね。

産経新聞的には「練った質問をしても軽視されるくらい野党が馬鹿にされることをやりすぎた」とか、そういう「野党が悪い」みたいな判断を含んでいそうに思うのですが、そもそも練った質問を全く聞く気のない大臣・官僚って、答弁側として失格と言いますか、ふざけてるにもほどがあるのではないでしょうか?

被差別側になりたくないから与党入りする。
長島昭久氏も含め、いろんなひとの自民党入りにそういう一面があるということなんでしょうが、そもそも与党が野党を蔑視する、その構造を与党が壊さないかぎり、与党に入ったとしても、石破茂氏のように「外様だ」とか言って、党内で蔑視されて終わるだけではないでしょうか?

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