自民党的「暖かい福祉社会」の正体

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■伊吹文明・元衆院議長(発言録)

 (菅義偉首相が掲げる「自助・共助・公助」に関し)うまくいかなかったやつは、みんな自己責任じゃないかという論調は全く違う。自助は、できる限りのことを自分でやる。政治はその意思を持っている人たちができる限りやれるような平等な条件をつくる。これが本来の保守主義、自由主義政党の理念。そこで、うまくいかない人についてはみんなで助け合っていこうというのが共助だ。

 憲法12条には「憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とある。憲法が国民に自助努力を課している。

 自助ができるのに私は自助が出来ませんという「自称弱者」が次々出てきて、自助をしている人の果実をかすめとっていくと社会は成り立たなくなる。(29日、二階派の総会で)

自民・伊吹氏、自助できるのに「自称弱者」次々出ると…:朝日新聞デジタル

伊吹文明議員が良くわからないことを言い出しました。

いわく、憲法十二条の「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」は自助を課しているものだ、と。
そんな解釈初めて聞きました。
(そもそも憲法12条って、ここで伊吹文明氏が言及している文章はほとんど論点にならないと言うか、この後に書いてある「公共の福祉」が論点になる部分ですよね。)

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

日本国憲法

ここで伊吹文明氏や、議論の発端である菅義偉総理の言及している自助は、基本的に社会福祉・社会保障の観点の自助です。

私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティーネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します。

菅義偉首相の所信表明演説全文:東京新聞 TOKYO Web

「憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」がこの文脈上の自助を課しているなんて、そんなわけないでしょう。

この菅氏や伊吹氏の自助・共助・公助の論調は「自分(達)で精一杯やっていると政府が認めたからセーフティーネットで守ってあげます」という姿勢のように見えますが、正直、憲法12条の要請するものは、むしろこの政府の姿勢を批判することなのではないか、と思ってしまいます。

なぜならば、憲法12条の「憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持」って、政治参加を要請するものに近いんだと思うんです。

例えばGHQ草案だと「此ノ憲法ニ依リ宣言セラルル自由、権利及機会ハ人民ノ不断ノ監視ニ依リ確保セラルルモノニシテ」と監視と言う言葉を使っているんです。

この監視の概念は伊吹氏や菅氏の発言には明らかに含まれていないでしょう。それを憲法12条で定められてるなんて言うのは明らかにでたらめです。

我々は自由や権利を不断の努力によって保持し、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任」があるわけです。

『自助ができるのに私は自助が出来ませんという「自称弱者」が次々出てきて、自助をしている人の果実をかすめとっていくと社会は成り立たなくなる。』なんて述べていますが、私は「お前は自助できるだろう」という論調からは、生活保護の水際作戦のようなものを思い出します。

生活保護や社会保障を財政負担だとか、国民や市民の税と言う果実をかすめ取っていくものだと考えるから、本来の受給権者にすら生活保護を出し渋る、そういう行政が出来上がっているわけです。

生活保護の水際作戦事例を検証する/大西連 - SYNODOS
生活保護法の一部を改正する法律案(以下、改正法案)が、来週にも今国会で可決されようとしている。改正法案は非常に多くの問題点を含んでいる。 生活保護法改正法案、その問題点/大西連

こういう局面を、憲法12条的な権利保持という観点で見ると、自助と言う概念によって憲法25条の生存権の実現・利用が阻害されているとみることもできるのではないかと思うのです。
よって、私は、憲法上の一国民として行う権利を保持するための努力は自助ではなく、場合によっては自助と言う概念を否定することにより、生存権を保持する努力であろうと考えます。

また、伊吹文明氏は「自称弱者」という言葉を使って、社会保障利用者をいわゆる「本物の弱者」に限定しようとしているのがうかがえます。

しかし、そういう「社会保障を利用しているのは弱者だけ」という「ある種の綺麗な社会保障」の実現は、とても大きな問題を抱えることになります。

それは「スティグマ(烙印)」「負のレッテル」という問題です。

自称弱者を弾きましょう運動と言うのは、転じて「社会保障を受けているのは選ばれた真の弱者である」という状態を生じさせます。

さて、ここで純粋な質問ですが「あなたは本物の弱者です。」と言われて、ずっと「本物の弱者」という肩書を背負わされるのは嬉しいですか?
そんなことないんですよ。例えば「本物の弱者」という肩書を得るまでの偏見含みのチェックの目線とか、そういうもので人はとことん傷ついていくのです。

私は生活保護を3年間受けていた。恥の感情が体の中に染み込んでいく日々
生活保護の生活とは、どんなものなのか?参考までに、私が生活保護を受けていた体験を語らせていただきたい。
生活保護バッシング:【生活保護バッシング】生活保護の利用は“恥”なのか | リディラバジャーナル
「もともと生活保護を受けることは、死ぬほど恥ずかしいことだと思っていたんです」――。 そう語るのは、1年ほど前から生活保護を利用している東京都内在住の男性(34歳)。  男性の経済状況は以前から...

こういう障害があることで、生活保護・社会保障にたどり着けない、公助にたどり着けず自助・共助を続けさせられてしまう人たちと言うのが存在しているのです。

これを考えると、伊吹文明氏のような「あなたは自称弱者ではないですか?」という視線、「できる限りのことを自分でやりましたか?」という視線、そういうものをできる限り取り除くことこそ、憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」に添う努力なのではないかと思うのです。

つまり、伊吹文明氏は憲法12条についてめちゃくちゃなことを言っているだけでなく、むしろ権利を阻害する言動をしているように私には見えるのです。

伊吹氏にとっては「自助をしている人の果実をかすめとっていくと社会が成り立たなくなっていく」というのが「公共の福祉のため」に必要な指摘だと思っているんでしょうが。その公共の福祉のために犠牲になっている人間がいることに心を向けてほしいです。
選挙ポスターに「温かい福祉社会」なんて書いていながら、その「温かい福祉社会」は余所者への冷たい目線によって成り立つなんてブラックジョークを現実化するのは冗談だけにしてほしいです。

選挙ポスター(通常時・2017年撮影分その2) - jomonumata
門山宏哲→千葉市中央区で昨年6月に撮影。 井出庸生→佐久市で昨年8月に撮影。 松本純→横浜市中区で昨年5月に撮影。 田嶋要→千葉市中央区で昨年5月に撮影。 今年1月に同じ場所で撮影。 早稲田夕季→鎌倉市で昨年11月に撮影。 浅尾慶一郎→鎌倉市で昨年11月に撮影。 山本朋広→鎌倉市で昨年11月に撮影。 宮川典子→甲府市で...

ちなみに、自民党改憲草案上の憲法12条では「公共の福祉」という言葉を変更し、さらに一言余計な言葉をつけ足しています。

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

日本国憲法改正草案(現行憲法対照)自由民主党 平成24年4月27日(決定)

公共の福祉を「公益及び公の秩序」に言い換え、さらに「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」と付け足されているのです。
これは今回の伊吹文明氏の言動に繋がるような話だと私は思います。
つまり「責任及び義務」を果たしていない奴は「自称弱者」であり「社会を滅ぼすがん」だと言いたい意思が明示されているのだと。

ちなみにこの改憲案が作成された当時は自民党は野党であり、野党自民党は子ども手当などの民主党の再分配政策を「全国民の努力により生み出された国民総生産を、与党のみの独善的判断で国民生活に再配分し、結果として国民の自立心を損なう社会主義的政策は採らない。」などと批判していたという流れがあり、そういう安倍晋三氏の言動のようなものが濃厚に反映されている部分であるように思います。

この改憲案は実際に今後提案されるときは内容がまた新しくなるようですが、今回の伊吹文明氏の言動を含め自民党議員の言動を見ると、この部分は似たような国民の自制を強化する内容になるのではないかと思います。

ただ、今回の「憲法12条で定められている」と言い出している言動を見ると、自民党改憲草案というのは、事前に自民党的に解釈改憲しているものを、事後的に文言を合わせに言っているという感覚なのかもしれず、この、自民党はしれっと「解釈改憲」しまくっているという事態を気を付けないといけないのかもしれません。

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