質問の意味を評価するのは、少なくとも総理ではなくて、極端に言うと国民だろう

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安倍総理が、野党質問を一方的に論評するようなヤジを発し、それによって予算委員会が一日行われませんでした。

ヤジの詳細については以下の通りです。

辻元氏はこの直前、「鯛(たい)は頭から腐る」ということわざを引き合いに「ここまで来たら、頭を替えるしかない」と、首相の対応を批判した。和泉洋人首相補佐官と厚労省の大坪寛子審議官による海外出張先での「コネクティングルーム宿泊」問題について、2人にけじめをつけさせるよう求めたのに対し、首相が「知らなかった」と述べ、答弁を菅義偉官房長官に任せるなどの対応が続いた末の、発言だった。

辻元氏は「総理がけじめをつけるといえば、ここまで言うつもりはなかった」と言い残して席を立ったが、この直後に「意味のない質問」という首相の声が聞こえた。辻元氏は質問席の近くに戻って、首相や閣僚席の方向をにらみつけた。野党側の理事が抗議して審議が一時ストップしたが、棚橋委員長は「私は聞いておりません」と主張し、質疑を止めようとはしなかった。

この後、質問に立った逢坂誠二議員が、首相にことの真意をただすと、首相は発言したことを認めた。「最後のところで、(辻元氏の発言は)罵詈(ばり)雑言の連続だった。政策にもかかわりのない内容だった。私に反論する機会がないまま質問を繰り返し、終えられたので、こういうやりとりは無意味だと。当然そう思うじゃないですか」と、持論を展開。「ここは質疑の場で、一方的にののしる場ではない。それでは質疑が無意味になると思い、無意味じゃないかと申し上げた」と釈明した。

安倍首相「意味ない質問」に辻元氏激怒「誰言った」(日刊スポーツ)

辻元氏の最後の発言というのは以下のものです。

総理、最後に申し上げる。「タイは頭から腐る」という言葉、ご存じですか。これは英語とかロシア語でもある。死んだ魚の鮮度は魚の頭の状態から判断できる。従って、社会、国、企業などの上層部が腐敗していると、残りもすぐに腐っていく。総理が桜とか加計とか森友とか疑惑まみれと言われているから、それに引きずられるように官僚の示しがつかない。官僚の皆さん、かわいそうだ。心痛めてる官僚の方、たくさんいると思う。子どもの教育にも悪い。長期政権だからじゃないですよ。最初からやっているんだから、桜を見る会も。森友だって、総理大臣になる前から講演に行こうとしていた。

 ここまで来たら、原因はタイの頭。頭を代えるしかないのではないか。(首相は)私の手で憲法改正を成し遂げたいと(言っている)。総理の手で成し遂げることは、総理自身の幕引きだということを申し上げて終わる。

「意味のない質問だよ」 首相ヤジ「開き直り発言」詳報 – 毎日新聞

このように最後に質疑のまとめというか、質問者の感想を言って終わるというのは、よくあるように思います。
しかし、そこに今回は総理大臣のヤジが放たれたのです。

これについて揉めた際、「私は(指名の)発言をしていましたから、(ヤジを)聞いていません」「逢坂さんの質問だ」「私聞いてないって言ってるでしょ」「勝手な言い方で止めるわけにはいかない」などと受け付けず、委員長は与党抗議中も質疑時間を流し続けました。
以前も棚橋予算委員長は、政権よりの差配をし続け、ポチだなんだと騒動になりましたが、依然として政権よりの差配をし続けているのです。

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ちなみに、棚橋予算委員長への評価として、『首相官邸』周りの反応として以下のような文言が書かれています

首相周辺も棚橋氏の対応について、「あの程度はご愛嬌でしょ」と擁護していて、政権が追及を受ける時間が少しでも減る材料になればと捉えている感がある。

「総理に尻尾振るポチか!」野党が激怒“塩対応”予算委員長きょうの対応は…問題のやりとり詳細 – FNNプライムオンライン

国会等でも、このような姿勢がすごく見えるので、とても納得すると同時に、都合が悪くなったら、総理発言をマスコミに伝えた人みたいに『あいつが勝手に言ってること』と切り捨てて、都合よく使うんだろうなぁ。と思うのですが。

そんな姿勢が丸出しの安倍総理は、辻元議員への『意味のない質問』という侮辱ヤジについて、逢坂議員との以下のやり取りで悪びれず平然と釈明しました。

逢坂氏 確認させていただくが、さきほど総理は「意味のない質問」とおっしゃったのか。事実だけ確認させてください。

 首相 最後のところで、辻元委員がずっと私に質問ではなくて、罵詈雑言(ばりぞうごん)の連続だった。頭から腐ると、腐ってる本体が私であると。これを言い続けた。政策に関わりなく。私に反論する機会を与えずに繰り返された。テレビ(中継)つきで。それで終えられた後、それはあまりにも、こんなやり取りじゃ無意味じゃないかということを申し上げた。当然、そう思うじゃないですか。一方的にここでののしる。ここは質疑の場であって、一方的にののしる場なのか? 私はそうだとは思わない。私は、それでは質疑は無意味になってしまうと思ったから、これじゃ無意味じゃないかと申し上げたわけだ。

 逢坂氏 総理が「意味のない質問だ」と言ったのは事実だと、お認めをいただいた。私は、辻元さんの言ったことは当たっていると思う。総理がでたらめやるから、国全体におかしなことがいっぱい広がってる。総理から腐っていって、体全体にその腐りが回っていくという指摘だったのではないかと思う。それを意味がないと。そういうことをちゃんと真摯(しんし)に受け止める姿勢が必要なのではないか。私はそのことを指摘させていただきたい。

「意味のない質問だよ」 首相ヤジ「開き直り発言」詳報 – 毎日新聞

総理大臣はいいですね。ヤジの意味を丁寧に説明できて。

総理大臣はいいですね、野党のせいにすれば、何でもできて。

あなたがどう思っていようとも、『こんなやり取りじゃ無意味じゃないか』と思っていようとも、少なくとも『これじゃ無意味じゃないかと申し上げた』と勝手に質問を評価したことにより、政策に関する議論をする時間がどんどん減っていくわけですが。

話は少しずれますが、現状、自民党以外の国会勢力としての支持率や当選確率は圧倒的に低く、そもそも政治というものに対し忌避しがちだったりな社会で、その上自民党に乗っかっておけば、トリクルダウンじゃないですけど、いろんなおこぼれに預かれる可能性が高い、もしくは貧乏くじを引かされるリスクの軽減ができる可能性が高い、そんな状態で、何も得られそうにない野党なんて物好きしか支持していないし、そんな政党からは、正直いって程度は別として多少なりとも『常識外れ』でないと出てこないでしょう。

そんな状態で出馬し当選していく野党議員たちはどうしても『常識外れ』の集団になりがち、という構造が前提にあるのではないでしょうか。
(過去には、自民党から出馬できなかった人、「自民党の二軍なら、自民党がこけたら一軍になれる」と言っちゃう人、などを集めたりしてようやく数を確保していたわけで・・・)

そんな構造を前提にすると、今回のように、与党は「野党は常識外れだ」と指摘するだけで、無限に当たっている正論を吐き続けることができるわけです。

そもそも、多数派ではない野党がまともな人材なんか引けないのは、人材が多数派に吸い込まれていく負の連鎖構造も要因の一つであることを無視し続ければ。

さて、ここから、とある維新の議員のブログをネタにしながら色々書いていきます。
構造という単語が、気になる使われ方をしていたので、ここで扱います。

その議員というのは音喜多駿議員です。

私が気になった部分を以下に引用します。

総理や自民党には、もちろん不適切な行為や発言・政策が多々あります。しかし何か問題が起きた時に、それを人や意識だけのせいにするのはビジネスの世界においても愚の骨頂です。

再発を防止するためには、人や意識が誰であれ・どうであれミスや不祥事が起きない「仕組み・ルール作り」をすることが肝心なのであって、そうした建設的な議論・提案を一部野党がしようとしているようにはまったく思えません。

安倍総理の態度が不適切だとしても、野党に審議拒否する権利ってあるんですか問題 | 音喜多駿 公式サイト

『何か問題が起きた時に、それを人や意識だけのせいにするのはビジネスの世界においても愚の骨頂』と言いながら、本人が真っ先に問題を野党議員の意識のせいだけにしているようですが。

ご本人が真っ先に一部野党の意識を批判なさっているように、どんな制度の問題でも使う人の問題がある可能性は避けられないわけです。
特に制度を作る人、制度を運用する人がどういう認識を前提に動いているのか、というのは制度の問題を検討する際に大きな要素となるはずです。

こういう認識だからこそ、国会制度について野党議員の意識について音喜多議員はまっさきに批判するのでしょうし。

で、そうならば『制度を作る人、制度を運営する人』の筆頭は誰かというと、立法府の人間と行政府の人間なわけです。
つまり、国会議員・国務大臣・官僚、この3者の資質問題について探ることも重要になるわけです。

だから、予算委員会でスキャンダル系の質問も扱えるのです。
「予算案を立案し執行する人間の資質を問う」という形で。

そこで、これは問題ではないのか?と野党は国務大臣や官僚を批判するわけですが、今回総理大臣は「意味のない質問だ」とそういうことについて述べたわけです。
これは罵詈雑言である、と。

そんなもの『審判を下すのは国民・有権者』であって、少なくとも審議をお願いし、質問をされる側である行政府の人間が言う資格のある発言では、現行の国会ではないのではないでしょうか。

ここで、音喜多駿議員の同じ記事から再び引用します。

委員会運営を人質に謝罪を求めるやり方はもう完全な言いがかりであり、国民の代表として政策論議をする場と機会を奪う、有権者への背信行為とも言えるのではないでしょうか。

この記述を音喜多駿議員は以下の記述の後に述べています。

こうした総理の態度に対して、「総理のくせにしょぼいな」「次は支持するのをやめよう」とか審判を下すのは国民・有権者なのであって、野党が難癖をつけて「謝罪するまで委員会を再開しない」などと審議拒否をする権利がはたしてあるのでしょうか?

審議拒否をする権利はそもそも質疑をお願いされているという仕組み上許容されていることは前提として、それを有権者への背信行為かどうか審判を下すのは国民・有権者であって、行政府側の人間が言うのはもってのほか、正直、国会議員自身が苦言を呈して抗議方法を制限しようとすることすら、国民の代表としての行動を制限する有権者への背信行為なのではないかとすら思うのですがそれは有権者各々の受け取り方に委ねるとして。

ヤジだから、質問を止めようとはしていないから、場と機会を奪ってないから、などと言うのでしょうが、そもそも「意味のない質問だ」と評し、その言葉が本音であることを裏付けるような酷い答弁を行っていることは、総理大臣による『国民の代表として政策論議をする場と機会を奪う、有権者への背信行為』でしょう。

そういう意味で、人質にするようなまともな委員会運営など元々存在していない、と野党は考えているのではないでしょうか?
何かを人質にしているのは、行政府側だろうと。

そのように、有権者を背負ったもの同士が、安倍総理・与党は野党を嘘つきで常識外れだと馬鹿にして、野党は安倍総理・与党はまともに質問に答えない、まともに委員会を運営する気がないと憤る、という根深い相互不信を抱えているという構造が問題なのであって、そこに対し、どのような建設的な提案ができるのでしょうか?

野党がまともになるだけで、本当に解決すると思う人がいるでしょうが、その『まとも』とは誰が評価する『まとも』かを気をつけないといけません。
結局総理等に『まとも』だと、『意味がある質問だ』と思わせないといけないというのなら、それは総理等に都合のいい話になるのではないですか?

音喜多駿議員などの、提案型野党を目指したがる方々は、どうも野党側にだけ政権不信をやめようと言う、野党の『人や意識』だけの問題にするという、とても建設的ではない提案のみであるように思われるのですが。

そんなことを言えるのは、安倍総理に気に入られていたり、一目置かれていて、今回のような侮辱発言をされないような『非被害者』であるか、そもそも野党は与党から侮辱等々を受けても仕方ないと思っている人なのだろうと思うのですが。

私には『総理の態度に対して、「総理のくせにしょぼいな」「次は支持するのをやめよう」とか審判を下すのは国民・有権者』というのは、まさに菅直人氏の『議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだ』という認識が自民党政権相手に正しいものとして機能しているのだろうとしか思えません。
次の選挙までは『審判を下すのは国民・有権者』だとして、総理大臣は何でもできてしまう可能性が拓けているのですから。

ここで、音喜多駿議員の過去のブログを引用します。
舛添元知事と色々戦っていたときの内容です。

「いま選挙になればリオ五輪=4年後の東京五輪に重なる」

とオリンピックを『人質』に取りながら、
不信任案が可決されれば知事と都議会の『どちらか』が選挙になると、
都議会に対して脅迫めいた言葉を残す。

オリンピックと議会解散を盾に、都民を恫喝する「嘘つき舛添知事」には不信任しかない | 音喜多駿 公式サイト

ここで音喜多駿氏は、オリンピックを人質に取って色々言っている舛添氏を批判していたわけです。
一方、今回は野党について『委員会運営を人質に』と述べているのですが、野党からすると『予算案』や『景気の下振れリスク』を人質に『国民の代表として政策論議をする場と機会を奪う』政権や与党に対しての抗議として行っているわけです。
そもそも人質にするような『委員会運営』なんて望めない、と。
ちなみに音喜多駿氏は『コロナウィルス対策』などを人質にするようなTweetをしておられますが。
(事実を指摘しているだけだとおっしゃるのでしょうが、事実だろうが人質は人質ですよね。構造として)

ちなみに総理もコロナウイルス対策を人質にするようなことを黒岩議員とのやり取りで言ってます。また、『政策とは無縁』ということに言及するのもテンプレートのようです。

さらに安倍総理大臣は「新型コロナウイルスの感染症対策などがある中で、極めて重要な予算委員会において、こうした非生産的な、あるいは政策とは無縁のやり取りを長々と続ける気持ちは私は全くない」と述べました。

首相「私としても謝罪していただきたい」立民議員の謝罪要求に | NHKニュース

とにかく、審議拒否をする心境に似た状態は音喜多駿氏にもあったはずです。
以下のように述べているわけですから。

私はそんな彼を辞任に追い込んだことにまったく後悔はありませんし、
そうすることが都政や都民のために最善の利益だったと確信しています。

「失敗を許さない不寛容な社会」「ここまでくるとイジメでは?」は当てはまらない、舛添知事の辞任劇 | 音喜多駿 公式サイト

野党だって、審議拒否するときは、審議ストップに追い込んだことに後悔しないでしょうし、こんな状態で委員会運営が行われること自体、国政や国民のための最善の利益を阻害することになる、と考えているでしょう。

更に以下の記述も通じるものがあるでしょう。

確かに彼は多くの失敗を重ねたけれど、
それ以上に何度も何度も、何度だって挽回するチャンスはありました。
素直に頭を下げて、周囲の意見に耳を傾けていれば、決して今日の事態にはならなかったでしょう。
(中略)
しかしその度に、
「俺はまったく悪くない」
「むしろ周りがすべて間違っている」
「自分の口で説明する必要などない」
とばかりに開き直り、多くのウソを重ねて周りを欺き、
最後はオリンピックを人質に都民と議会を恫喝するに至りました。

「失敗を許さない不寛容な社会」「ここまでくるとイジメでは?」は当てはまらない、舛添知事の辞任劇 | 音喜多駿 公式サイト

似たようなことを安倍総理に言いたいのが、今の審議拒否を行う野党勢力ではないでしょうか。

そこでそう考える野党が悪いというような主張をするのは『何か問題が起きた時に、それを人や意識だけのせいにするのはビジネスの世界においても愚の骨頂』に当てはまるのではないでしょうか。

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