小ネタ

橋下と渡辺喜美の接触で日本維新の会っぽいものが復活の妄想

2016/04/04 327views

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この情報を目にした時、私は思わず笑ってしまいました。なんで今さらお前らが接触してんだよ、と。

この二人、現状の置かれている立場はそっくりなのですよね。『党の創設者がとあるきっかけで党運営に絡めなくなり、その結果現役の執行部に自分の方針と違うことをされて乗っ取られたと騒ぐ』みたいな感じ。

TBSの報道に依ると『みんなの党を解党した渡辺氏に解党の手続きについて意見を求めたとみられます。』『渡辺さんからお昼ごはんでもと言われて、会うことは僕は聞いていました』『新党の立ち上げは第三極を作る新たなチャンスだという認識を共有した』ということのようですが色々面白いなぁ、と。

 

まず『解党の手続きについて意見を求めた』とありますが、渡辺喜美氏は最後まで執行部の方針には反対し続け、解党も「極めて独裁的な『みんなの党抹殺事件』だ」と批判していたわけです。そういう人に『解党の手続きについて』なんて聞いてもなんにも意味が無いでしょう。

手続きに関してなら、実務に関わったはずの神奈川の中西健治参議院議員とか、当時の代表浅尾慶一郎衆議院議員(浅尾慶一郎議員は『乗っ取った』と主張されていた側ですが(笑))とか、実務に携わっていた現日本を元気にする会の山田太郎参議院議員の方がわかっているはずでしょう。

渡辺喜美氏から学べることは『執行部から弾かれた時点で負け。ほとんど何も抵抗できない』ということではないでしょうか?当時、渡辺喜美氏はとにかく騒ぐことしか出来ていませんでしたし。

 

また、この件について、あくまでも松井一郎氏の見解ですが『渡辺喜美氏から連絡を取った』ということらしいのが面白いですね。(日経新聞の記事に依ると「橋下氏が国の行政改革政策を聞きたいと以前から働き掛けていた」という松井一郎氏のコメントもあるので、渡辺喜美氏が仕掛けたのでは無いのかもしれませんが)

渡辺喜美氏というと、みんなの党時代に、日本維新の会との選挙協力を突然解消したり、維新との合流に否定的だった人間なんですよね。それが『第三極のチャンス!』なんて言い出して接近してるんですから、なんというか『なんでもあり』という意味では、橋下徹氏も渡辺喜美氏も同じなのかもしれません。

ちなみにこの動きを考える際に事前に読んでおきたい参考記事として『10キロ痩せて出直しが始まった「渡辺喜美」の「借金」「夫人」「橋下徹」』とか『渡辺喜美が突きつけた「橋下徹への公開絶縁状」シリーズ』を読んでおくと、面白さ倍増何じゃないかと思います。(特に渡辺喜美氏が日本会議を持ちだして日本維新の会のことを批判しているのは面白い。渡辺喜美氏自身も入会しているはずですし、元みんなの党地方議員にも『国籍を有しているだけで自虐し日本を否定する似非日本人』なんて平気で書いてしまうような右寄りな人は結構いただろうに。)

で、この二つを読むとわかると思いますが、渡辺喜美氏、あの石原慎太郎氏と仲がいいんですよね。これ、もしかすると、あの日本維新の会時代のトップ2人が渡辺喜美を基軸にまたつながっちゃう、なんてことが・・・ないですか、そうですか。

 

また、この会談が行われたのが『名古屋』。名古屋という地名で私はとある人物、とある(地域)政党を思い出しました。

それは名古屋市長河村たかし氏率いる減税日本です。

(ちなみにみんなの党解党後に、渡辺喜美氏が新党を作ろうとした時に、この議員が参加しなかったことで国会議員5人の条件を満たせず、新党構想を断念させた、というニュースがあった薬師寺みちよ参議院議員も愛知県選出ですが、名古屋が地盤では無かった、と記憶しています。)

名古屋といえば河村たかし市長、河村たかし市長率いる減税日本は、日本維新の会と太陽の党が結党に向かう段階で、合流したいと申し出て、石原慎太郎氏から許可を得たものの、日本維新の会側から反発されて合流を断念した、ということがありました。

この渡辺喜美氏と橋下徹氏の動きに、もし河村たかし氏まで便乗してきたら・・・

もしかするとこれが最後の大きな第三極結党騒動になるのかもしれませんね。

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