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Twitterとメディア効果論

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どちらにせよ僕はツイッターを異なる立場の人の議論の場として使うことは難しいと思っています。事態が動いている中で、さまざまな専門家とつながりたい、広くリーチしたいと考えていた柏の活動をしているときは、ツイッターはすごく有効なツールだったのですが、状況が煮詰まってくると、敵と味方をさらに固定させる装置という側面が強くなる。これは、人間が感情の共有を求める動物である以上当然の帰結だし、そもそもSNSって「いいね!」「わかるー」って使い方をするものですよね。異なる意見の人たちが議論するツールとしてツイッターを使うのは、人類にはまだ早すぎたかもねって思ったりもします(笑)。

「忖度」か「炎上」か、言いたいことも言えない世の中は変えられるか 五十嵐泰正(社会学者)×富永京子(社会学者)(前編)

この記述を見て、私は、マスメディアの効果に関する議論を思い出しました。

マスメディアの効果に関する説は「強力効果論」「限定効果論」「新しい効果論」というように議論が深化しています。

状況が煮詰まってくると、それを加速させる作用がツイッターにはあるというのが、ここでの五十嵐さんの言及だと思うのですが、ツイッターをマスメディアのように機能していると仮定すると、「限定効果論」の内容と類似した指摘のように思えます。

限定効果論というのは、それ以前の「強力効果論」のような「皮下注射モデル」、つまり、メッセージを注射するように植え付けるような効果はメディアにはなく、個人からすると影響がある一要素であって、細かく検討していくと個人への影響については、媒介要素である個人間の関わりや、そもそも本人が持っていた資質・態度によって選択されているという側面が強い、とする論です。

ちなみに、限定効果論までのマスメディアの「効果」というのは「効果=説得」という形で使われていました。
一方で、新しい効果論では、説得以外の効果に着目しています。

例えば、議題設定効果というものは、マスメディアに「何について考えるべきか」などの部分が影響されるという内容の仮説です。
メディアは「態度」ではなく「認知」に影響を及ぼす、ということです。

五十嵐さんの経験談は、まさにツイッターでもこの論に沿うような結果が出ているということになるように思います。

これらのメディア効果論は未だ仮説であって、メディアによる効果の程度の違いなど、様々な研究余地があるようです。

ただ、私は、この仮説を一旦採用することで、ツイッターの政治的な活用についてなどで、より有益な動きにつながるのではないか、と思っています。

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