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子ども手当と自虐国家観について~パチンコを警戒するなら児童手当こそ疑え~

2017/04/14 views

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昨日、私のツイッターのTLにこういう週刊ポストセブンの記事が流れてきた。

廃止された「子ども手当」 出生率上昇させる成果あげていた

色々と突っ込みどころがある記事なのだが、大多数は脇においておくとして
『そもそも、子ども手当の成果ってそこなの?』という疑問がこの記事の内容を読むと浮かんでくるのです。

「次代の社会を担う子ども1人ひとりの育ちを社会全体で応援する」こと
「子育ての経済的負担を軽減し、安心して出産し、子どもが育てられる社会をつくる」こと
この二つが政策目的であると、このPDFには書かれています

つまり、出生率の上昇というのは、政策目的からすると、間接的なものというか、最終目標であって、即効的な出生率の上昇という効果は望んでいないということが、分かると思います。
ちなみに、このニュースを扱ったスレッドには「震災の効果だ」なんていう馬鹿レスが幾つかありましたが、このデータは震災前のデータですし、そもそも、震災の効果がでるのは早くても来年度だろうと思われます。
だって、そもそも生まれるまでにある程度時間がかかるわけですよ、当たり前ですが。
ですから、もし震災でできることが子作りしか無かったとしても、着床して妊娠し、そして出産するまでは、早くても10ヶ月あるわけで、本当に震災の効果があったとするならば、今年1月~2月の初めの出生数だけ異様に伸びるているのか?という事を調べる必要があるわけですね。
私は面倒くさいので調べませんが。

で、もう一つ、子ども手当についての反対意見に突っ込みたいのですが
「どうせ子供の為に使われてない。だから配っても意味がないしやめるべき。」という意見。
この意見ほど反対意見としてハチャメチャな物はないと私は思うんですよ。
だって、この意見が成立するのであれば、その人は現在増税に動く政府に文句を言えなくなる可能性だって十分あると思うんです。

そもそも政府が税を取る意味は
「国民に自由にお金を使わせると、偏りが出ていずれ(国、または国民にとって)不利益になる事態が出てくるから、税をとって政府がそれで調整をしましょう」
というものだと思うのです。

で、今回の子ども手当のような直接給付っていうのは、ある意味政府が社会を信頼、国民を信頼している証になる行為だと思うんです。
まぁ、政府不信を認める形にもなってしまうのですが。
で、そこで給付されている国民側が「そんな社会じゃないから配っても意味はない!!」と堂々と主張すること。
これって非常に滑稽だと思うんですよ。
まぁ、他人事だからそういうことが言えるのでしょうが。
大体、そういう事をいう人は「親はパチンコに使う~」とか言ってるんですけど、全体の親の何割がパチンコをやっているんですかね、日本って?

そもそも、パチンコを警戒するなら、私は、子ども手当より前に行われていた、そしてこれからまた行われる児童手当にこそ、そういう警戒をするべきだと思うんです。
だって、児童手当って所得制限して低所得者層にのみ配る形式になるわけですよね?
パチンコを行う親批判って低所得者層にこそ多いというイメージに基づいてますよね?
『生活保護でパチンコ』なんて、まさにそういうイメージが基になって行われる批判ですよね?
所得制限して直接給付する、ということは、実質幅の広くなった生活保護のようなもの、というイメージでいいと思うんです。
で、生活保護について、子ども手当については批判するくせに、児童手当になった途端批判をしなくなる人というのは、あまりにもハチャメチャだと思うんですよ。
大体、生活保護批判や子ども手当批判の根拠って「低所得者層に配ってもろくなことに使わないしやめるべき」というものでしょ?

親父が酒好き・タバコ大好きの低収入の大家族 子ども手当で生活が一変

これなんてまさにじゃないですか。
パチンコ、酒、タバコ、こういう事をネタに生活保護や子ども手当を批判している人って、結局言いたいことは
「低所得者層は馬鹿なんだから、金配って自由に生かすより、ある程度行動を支配して、社会に都合よく動かそう」
そんなものなんじゃないんですかね?

で、この「低所得者層は馬鹿なんだから、金配って自由に生きさせるより、ある程度行動を支配して、社会に都合よく動かそう」という考え方。これ見事に増税につながる考え方です。
だって「低所得者層をコントロールするための資金」は結局税なわけですから。
「低所得者層は馬鹿だから、自由にさせない」と言う人は、どうぞどんどん税金を払って、行政や政府に「馬鹿で邪魔な低所得者層のコントロールを是非ともお願いします」と言えばいいんです。

そういう人は『子ども手当が子どもにしっかり使われる社会』を自分でつくろうと一切しないわけですから、それぐらいお願いして当然だと、私は思います。
そういうお願いもせず『低所得者は馬鹿だから、金を配って自由に生かす事をするな』と言うのならば、その人は自分が満足したいだけの、無責任なひどい人だと、私は思います。
そういう人はどっかの都知事のように『馬鹿な低所得者が自由に生きれないのは、天罰だ』とか言って、どうぞボコボコにされてください。
というか、俺が殴りに行きたいです。

結局何が言いたいかといいますと、こういう子ども手当のような直接給付制度っていうのは、社会の側、国民の民度が試される制度なのだと思うんですよ。(特定の属性の人を意識して敢えて民度という言葉を使います)
社会よ変われ、なんですよ、結局は。
子ども手当の目的にも「子育ての経済的負担を軽減し、安心して出産し、子どもが育てられる社会をつくる」とあるように。

そこで、少しでも自分の力で良くしようともせず(本人はしてるように思っているのかもしれないが)に、諦めて「この国の民度は低いんだ!!」って自国を批判するような自虐史観、自虐国家観の持ち主は、私は糞野郎だと思う。(ここも敢えて特定の属性の人を意識して自虐史観、自虐国家観と言っています)
そういうことです。
私は、子ども手当にそういう文句を言うなら、もっと自分が見本となる使い方を示していく、提案していくという、プラスの方向の活動にエネルギーを変えて欲しい、そう思います。
提案した上でそういう文句をいう人は、また、「払われた側の使い方」以外の批判は、私は正当だと思うので、何も言うことはありません。

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