ジェンダーとセクシャリティーの多様性 教育問題

異性同士の組み合わせにこだわる文科省

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先日、小学校の道徳教育初の検定について『愛国や郷土愛的な観点を指摘されたので、忖度してパン屋を和菓子屋に直したらOKもらえたよ』的なニュースがありました。(文科省は具体的にしていないので、下が真意を推察した結果、そうなったのてしょう。)

その道徳教育の検定にて、このような話があったことも別な記事で報じられていました。

例えば、指導要領で学ぶこととされている「友情、信頼」といった項目だけでなく、「学び合って友情を深め、異性についても理解」など項目を具体的に説明した部分にも全て沿うよう求めた。その結果、女子2人が運動会に向けた練習をする読み物で、1人を男子に入れ替えるなどの修正もあった。

小学校道徳教科書、初の検定 文科省、細部に指摘

このように、学習指導要領の方針を読み取った結果、『同性同士だけで仲良くしていてはいけません』『異性との友情を育まないといけません』という国の真意が読み取られてしまったわけです。

でも、普通に考えると、同性同士の友情のエピソードでも、指導方針がしっかりとしてれば、例えば『男性同士の友情』というテンプレートは、女性からみてどうか?一方で男性からみてそのテンプレートは違和感がないのか?また、『女性同士の友情』というテンプレートは男性からみてどうか?女性からみてどうなのか?みたいな話ができたりして、異性への理解は深められると思いませんか?(小学生には難しいですか?)

で、そもそも異性とか『性』というカテゴリーでくくってしまうのはどうなのかって話すらあるわけじゃないですか。

そういう話を一切考慮しないで、性別による偏見を根付かせるための教育指導要領なの?みたいな疑問が沸々と沸いてくる、そういう道徳教育の検定になってしまってるわけです。

で、そんな話にモヤモヤしていたら、本日、以下のようなニュースを見てしまいました。

小学校体育の指導要領で「異性への関心が芽生える」とした記述をめぐって、この記述をなくし、新たにLGBTなど性的少数者について盛り込むよう求める意見があったが、文科省は「LGBTを指導内容として扱うのは、保護者や国民の理解などを考慮すると難しい」としている。

中学武道に銃剣道を追加 体育で「異性への関心」は残る

保護者や国民が理解してくれないから、LGBTについては教えないし、異性愛規範は維持し続けます、というのが文科省の公式見解のようです。

これと道徳教育の検定は明らかにリンクしてるんですよね。

とにかく『異性と交流しないと不健全』『異性に関心を持たないと不健全』みたいな、そういう観念が道徳教育で検定による同性同士の友情エピソードを異性同士の友情エピソードに修正させる原動力であり、LGBT(性的マイノリティー)について理解しない、教えさせない原動力なんです。

そして大人がその観念を元に教育を設計し、施すことで、観念がさらに強化していく、そういう仕組みがどんどん育っていくわけですね。

なーにが日教組の反日偏向教育だ、と言いたくなるような偏見定着教育が出来上がっているとしか思えません。

「異性への関心が芽生えない」ことがあり得ることにも理解を促す教育、「同性同士の友情」にも理解を促す教育、それを実現しないといけないという思いを強くする、そんな教科書検定や学習指導要領についてのニュースでした。

 

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