小ネタ 民主主義

民間の目線の中にある経営者と労働者という別な立場

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与謝野信氏復職。落選しても仕事で活躍できる社会へ – アゴラ

新宿区議会議員の伊藤陽平氏が与謝野信さんの復職について、書いていました。

内容に異論があるわけではないですが、個人的に気になったことがあります。それは以下の部分です。

もちろん、社会が寛容になることも必要ですが、私は政治家になるには、まず経営者になるのが良いと考えています。
経営者であれば、タイムマネジメントは自分で行うことができるため、地域活動に参加しやすいという利点があります。
会社員の場合、選挙資金も会社の制度によって頭打ちとなりますが、自分で経営していれば、金選挙資金の工面は自分次第です。
金欠だと悩むくらいなら、もっと働こうと割り切って仕事をすることで、金銭的な問題のほとんどは解決可能です。

そして最も重要なことは、民間でお金を得ることの難しさ、そして税金の支払いがどれだけ大変なものかを、ダイレクトに感じることができることです。
課税権や、ニーズに基づかない事業が行われることにも向き合うことができるでしょう。
私の周りにも、落選した経営者の方がいました。
落選してもすぐに仕事に復帰できるため、損失は最小限で済みますし、前向きに民間で社会に貢献しようとスタートを切ることができていました。

経営者を勧めてることについて批判するわけではありません。ありませんが、こう思ってしまうのです。

民間感覚って経営者感覚のことなの?」って。

労働組合があることからも分かるように、民間でも労働者と経営者では受け取る情報も、感覚も大分違います。

よく労働者に「経営者目線で働け」という事が批判的に言及されますが、それは経営者の目線が、労働者の現実を反映していないものであるからではないでしょうか?(そこが、合致ひていたら、いちいち経営者目線で、なんて要求は起きないはずですし)

政治に民間の感覚を、という事が言われながらそう主張している人たちの判断が、民間の一部である人たちの意思と合致しないことになりだすことが起きるのは、まさにこの経営者感覚と労働者感覚の分離に目を向けずに、それらをまとめて民間感覚と片付けてしまっていることに一因があるのではないか?と言うことに改めて思い至りました。

そして、政治に労働者感覚を持ち込むことの必要性を、改めて感じました。(そりゃあ経営者感覚だったら、労働者を保護する方向性の労働規制は邪魔でしょうしね…)

そういう意味で、労働組合がきちんと労働者感覚に沿った活動をし、労働者感覚を政治に反映する働きをしていただけることを期待します。

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