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こども子育て支援

稲田朋美が国の責任を国民に責任転嫁している

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 1億総活躍社会はどんな社会ですか? 日本はGDPの200%もの借金を抱える借金大国。あれせえ、これせえ、と言ったってできない。あれかこれか、優先順位を付けてしかできない。それを、あれしてくれなきゃ活躍できない、これしてくれなきゃ活躍できない、国はあれもこれもどれもこれも、やれと。それもできないなら日本死ね、なんて言っている場合じゃないんだと思う。
みんなでこの国をよくする運動が1億総活躍社会ですね。私たちは、国だけに任せるんじゃなく、自分だけが幸せだけじゃなく、みんなが幸せで初めて幸せだと感じられる民族だ。(札幌市での講演で)

「日本死ね、言っている場合じゃない」 自民・稲田氏:朝日新聞デジタル

これが自民党の政調会長か、と呆れる発言です。

政府に要求する人間を勝手に『国だけに任せる』人間だと偏見解釈し始める。

『この国を良くするためにはこういう行政による国民のサポートが必要である』という、1億総活躍社会を形成するためのベースになる事の要求が『国はあれもこれもどれもこれも、やれと。』と言われてしまう。

つまり原点である『1億総活躍社会』が国があれもこれもどれもこれもサポートしないといけないくらいハードルが高い要求なんです。

そんな高い要求を国民に突きつけて、国民の生きていく中での優先順位を組み替えることを試行してるのが1億総活躍社会でしょう?(「経済参加」か「社会参加」かという方向性は違うが新しい公共とかそういうやつと同じような物)

国民の生きていく中での優先順位を組み替えることを要求しながら、国家政府・行政の優先順位は変えないなんていう都合の良い話をしているのが稲田朋美なんです。
借金があるから政府はできない、そういう民族ではないから政府はできない
そんなわけわからない言い訳を積み重ねているのが稲田朋美です。

1億総活躍社会なんて高いハードルを要求しながら、政府は何もサポートしないなんて唖然呆然です。

『私たちは、国だけに任せるんじゃなく、自分だけが幸せだけじゃなく、みんなが幸せで初めて幸せだと感じられる民族だ。』なんて本当かどうかさっぱりわからない民族性をご披露してるみたいですが、『日本死ね』の要求は「保育園の整備」という必要な人が沢山いて、実現したらみんなが幸せになれる物でしたよね?

国だけに任せるような要求ではなく(自ら働きにでるための要求であるわけで)、ましてや自分だけが幸せになる要求ではないわけです。
保育園が必要な人が幸せになるし、働けば家計は潤う可能性があるし、経済にも貢献ができます(まさに1億総活躍社会)。

それを批判するために『私たちは、国だけに任せるんじゃなく、自分だけが幸せだけじゃなく、みんなが幸せで初めて幸せだと感じられる民族だ。』という訳のわからない都合のいい民族性を披露する。
稲田朋美にとっての「民族」が一体だれのことなのか?疑問に感じます。
また、稲田朋美氏がその「民族」なるものの定義に合致してなさそうなのは・・・、この言葉の続きに『私たちは自分にとって都合のいい人たちを「私たち」「みんな」で括りたがる民族だ』という趣旨の指摘でも続くということなのでしょうか?

この発言が実際に有ったならば本当に稲田朋美がまともに国民を見れているのか不思議に思うような発言ですし、そんなに民族云々言っている人間は、自民党よりも、そういうよくわからない精神を大事にしてそうな「日本のこころを大切にする党」に行けばいいんじゃないのかな?と思わざるを得ません。

 

まとめ

これから1億総活躍社会に対しては『(人間は)あれせえ、これせえ、と言ったってできない。あれかこれか、優先順位を付けてしかできない。』と反論していけば良いのではないでしょうか?

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