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原発関係 政策・思想

原発と自動車をプロVS一般で単純比較するのは危険

2015/11/06 全期間:55views   直近一週間:views  直近一ヶ月:views

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こういうツイートを見つけて、このツイートの内容に色々言いたくなったので、この内容について今回は書いていきます。

まず、このツイートで対比されている『リスク軽減』について。

原発はプロが運用して、車は免許を持つけどそこまで専門知識があるわけではないドライバーが運用しているのは当然です。その一方で、それを前提に互いの機器が設計されてしまっているのも事実ではないでしょうか?

要するに原発はプロが運用するとリスク軽減できるが、プロではないといけないというリスクを抱えている。一方で原発と違って自動車は、プロでなくてもリスク軽減は可能になっている。要するに自動車はある程度『運用者がプロでないといけないリスク』を軽減して設計されているのです(メンテナンスだけしっかりプロに受けておけば、後は簡易に出来るという方向性なはず。細かいことは私は非ドライバーなのでわかりませんが)。そういう根本の設計の違いを無視して『プロが運用しているかどうか』だけでリスク軽減を語ってしまうのは、非常に危うい認識になってしまうのではないでしょうか?

ツイートには何重もの安全装置を運用している事が書かれていますが、これも『多重の安全装置を使わないといけないリスクを抱えている』と言い換えることも出来るでしょう。車は(運転中は)一人でシステム運用ができるわけですが、原発は多人数がシステム運用にかかわらないと回らないような設備です。この差が『個人の注意でリスク軽減が可能』か『個人の努力が意味を為さない(集団が全員注意を強めないとリスク軽減が不可能)』というリスク軽減の簡易さの差を産んでしまっているということもあると思います。

 

 

『交通事故は個人の注意である程度リスク軽減が可能なのに対し、原発は個人の努力が意味を為さない』という言い方には運用者側だけでなく、事故の被害を受ける側の認識もあるような気がしています。

交通事故に遭わないために外出を避けたり、交通量が多い場所や狭い道路を避ける、外出を避ける、それだけでなく、バイク乗りならヘルメットをかぶるなどの装備を充実させるなどの行為で、事故に巻き込まれること自体を避けることや、事故被害の軽減に関与することが出来ます。一方で原発はプロの運用を一方的に信頼することしか出来ないという面があります(この点はこの記事の後の部分で詳しく書きました)。我々に運用するための技能がない以上、原発自体に関わることは困難なわけです。ああしろこうしろ言っても『プロじゃないんだから』といって撥ねられる可能性が高いわけです。

また、被害者がどこまでの範囲になるかが不確定要素であることも原発事故のリスク軽減の困難さを強めている気がします。事故発生時の天候、風向きによって、原発事故による放射性物質放出の影響を受ける範囲は変わります。また、どこまでが『原発事故の被害』と認定されるべきかという段階で争っている状態も現在は多々存在しています。原発自体の賛否が原発事故の影響認定に反映されてしまっている人もよく見ます(原発賛成の人は被害を極限まで小さく認定し、原発反対の人は大きめに認定する)。その程度の認識を保持し続けられてしまうくらいに『原発事故の被害』というのは曖昧模糊としたものであり、そういう点でリスクが保険などの被害認定基準がある程度明確化できている自動車事故よりも大きいと言えます。

 

ちなみに『原発は訓練されたプロの集団が何重もの安全装置を運用』というのも、厳密に言うと実は怪しい状態になっているのではないか?というのも原発事故時の証言から分かることなのではないでしょうか?

そもそも原発の『訓練されたプロ』が運用していることは安心できることなのでしょうか?

原発事故の後に『吉田調書』が話題になりましたが、その中で触れられているのは『とある分野のプロはいるんだけど、この知識はないから他のプロにまた頼る』というプロに頼っているが故のジレンマのようなものです。

例えば、消防・防災の点で『南明興産(現・東電フュエル)』と委託契約をして任せっきりにしていたのですが、いざ事故が発生した時に、放射性物質の放出があったということで(契約上、そういう部分は何も制約がなかったようだ)会社として出せないと判断が下り、作業員が退避してしまって、専門機材を実際に触った人がいなくなってしまい、現場にいた消防隊の人が電話で聞きながら何とか使えるようになった、という話が出ています。

また、原子力プラント(原子力設備)も設備をある程度知っていないとメンテナンスも出来ないが、その設備を知っている人はプラントメーカーに勤めている人を含め、限定的な人数になってしまっている(他の原発で必ずしも同じ設備を利用しているとは限らないため)こと。また、設備更新などで、『この部分はあのメーカー』『あの部分はまた別のメーカー』という感じで様々なプラントメーカーの設備をつぎはぎにつないでいる状態になってしまって、いろんなメーカーの設備の知識が必要になってしまっていたことも(これは吉田調書以外の報告書だったかもしれないが)解決すべき問題として挙げられていたように思います。要するに『プロが運用』というのは『プロしか運用できなくなってしまった』という欠点になってしまっていたという面も有ったということです。

 

 

このように、ツイートの『原発はプロが運用VS自動車は一般ドライバーが運用』で『だから原発のほうが信用できる』という認識は非常に荒っぽい認識であると私は思います。自動車には自動車の欠点があり、原発には原発の欠点があります。どちらのほうが信用できるかは、『信用』ですから確かに個人差があるのかもしれませんが、『プロVS一般』という点で信用をしてしまうのは、非常に危うい情報に基づいた信用なのではないか?と私は思います。

(ちなみに今回の稿に直接は関係ありませんが、原発にはプロ以外にも単純作業の部分の運用に関わっている下請けの方々が居て、その下請けの構造が問題視されているのは周知の事実ですよね?)

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