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原発関係 政策・思想

原発事故と死

2015/11/06 全期間:42views   直近一週間:1views  直近一ヶ月:1views

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原発事故直後から永遠に『原発のせいで死んだ人はいない!』と言い続ける『原発事故の被害から永遠に目を背け続ける人』が作った、原発事故の被害から永遠に目を背けさせようとするツイッターのまとめが最近そういう人たち中心に出回っていました。過去の「原発事故が原因で死んだ奴いないなんて言うやついないだろ」と思い込んでいたアホな自分を呪い殺したいくらいに、こういう事を言っちゃう人を現在軽蔑しています。

そういう人は『原発事故の直接の影響で死んだ人は(ry』とか『放射能の影響では死んでいない』と言っているのですがそんなに勝手に『原発事故』という言葉の範囲を限定化されても困るわけですね。言葉の意味を一方的に定義して、一方的に議論の流れを無理矢理捻じ曲げる。そうすることで『原発は悪くない、原発は悪くない』と永遠に言い続ける。そうやって限定しようが、結局『原発事故関連死』という連載が新聞社によってなされるような位に原発事故の影響で亡くなった人は居るわけです。そもそも『原発事故の直接の影響』って何のことだよ?という話じゃないですか。

それと『ぜ~んぶデマが悪い!』という人も居るわけですが、デマをデマ屋だけが原因だとしている。そもそも原発事故というものの性質がその原因になっている可能性を考慮しない。原発事故によって生活がガラッと変わった事による影響を全く考慮しない。そんな危うい事故分析を元に、他人を徹底的に貶し、暴言を吐き、脅す(『本気で脳天かち割るぞ』や『眼の前に居たらお前の顎砕いて血みどろに加工するぞゴミ野郎。死体が欲しけりゃテメェがなるか?』『人以下の虫けらが人として扱ってもらえると思ってることに俺は驚いてる』など)ことで『ぜ~んぶデマで死んでいる。原発事故では死んでいない』なんて屁理屈を通しているのだ。

『ぜ~んぶデマが悪い』と言う人の何が一番凄いかというと『避難も全部デマのせい』ということにしてしまっていることだ。事故が発生した原発に非常に近い方が避難を強いられるのもデマのせいと言い募っているのだ。半径一〇キロ圏とか半径二〇キロ圏も避難はデマさえなければ不要だったと言い出しそうな勢いなのだ(ちなみに原発事故関連死で避難後の自殺を取り上げられた方は記事の内容を読む限り『一二日の早朝に退避指示』とあるので、原発から一〇キロ圏内であることが分かる。これが『デマによらない原発事故による避難後の自殺』の例〈震災関連死に認定済み〉となる)。要するに勝手に『避難=自主避難』という『原発事故』と同じように勝手に語彙の意味する範囲を限定しているのだけの話なのだが。

また、農家などの経済被害も全部『デマが悪い』としているようなのだが、それも大きな間違い。例えば酪農家には、原発事故により放射性物質が放出されたために、それまで育てていた牧草地を一度除染し、再び整備して牧草を一から育て上げないといけなくなったのです。ただでさえ、酪農家は震災前から経済状況が悪かった方が多かったと聞いています。そこにこのような被害が起こる、その後補助金で保障されたとしても、一時的な負担は大きいでしょうし、除染では対処しきれないのではないか?という不安を抱くのは当然でしょう。この件では実際に自殺者が出て訴訟すら起きています。

また、野菜農家の方にも自殺者が出てしまっています。これは『政府による摂取制限』が出された後に絶望して亡くなったとされています。政府の過剰反応は有ったのかもしれませんが、少なくとも『デマが悪い』というのは非常に筋が悪いのではないでしょうか?

このように『デマが悪い』と原発事故被害を総括する前に、個々の件を見るだけで『デマが悪い』だけでは済まされない状況が炙りだされてきます。

そしてそれを見えていると思わしき人が『あれは初めての対応だったから、色々整備されていなかったんだ。つぎは大丈夫!』というような事を述べるのですが、原発事故の反省を元に具体化したのが『菅直人リスク』という様々な場所から噴出した問題を全て個人責任であるかのように誤魔化した言説を元に作られた『原子力規制委員会』以外に明確には存在していない(しかも現在の原子力規制委員会の扱われ方は『菅直人のように総理の個人責任とされないように、総理の責任を全て代わりに背負ってもらう委員会』でしか無くなっている)状況である現在をどう思っているのか。一度経験しただけで『全員学習できた(経験しただけで学習できるなら、この国の問題は数年で全部解決してしまうだろう)。つぎの原発事故なら対応できる』と思いこむ甘い見積もりは、絶対にいけないと思うのですが(全く同じシチュエーションでつぎの原発事故が起こるわけがないのは当たり前。気象状況や土地環境、設備内容、政治状況、人口構造などによって対応は全然違うものになるのは当たり前だろうに)。

 

原発事故から四年以上が経過しました。原発事故直後から永遠に『原発事故による死者はいない!』と言い募っている方を否定するための材料として、もう一度『原発事故関連死』について振り返ってみないといけないのかもしれません。

これから、このblogに、福島民報の原発事故関連死の連載を振り返っていく記事など、原発事故関連被害情報を充実させていこうと思います。

原発事故の被害にまともに向き合う人が少しでも増えることを願いつつ。

 

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